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「やーい、男女!」「ひょろひょろのもやしっ子!」「悔しかったら取り返してみろよ〜」「弱虫ナナシ!」

本当にくだらない話だけど俺は小学校時代、クラスには一人はいるであろうガキ大将に何故か目をつけられて男共を中心にいじめられていた。
いじめと言うよりもからかわれていたとの方が正しいけれど当時の俺にとっては死活問題で、元々人見知りがちで自分から輪に入る事が苦手だったせいもあり友達は一人も出来なかった。
わんわん大泣きして家に帰っても両親は子供の喧嘩だと放任主義をかまし、やり返せ男の子だろ!と無責任な事を言っては全く相手にしてくれず俺はどんどん内向的に。

けど、そんな俺と唯一遊んでくれたのが近所に住んでいた高校生のお姉さん。

妹が欲しかったらしいお姉さんは毎日あれやこれや俺の髪を弄りお下がりの服とスカートを履かせては着せ替え人形の様に一方的に遊ばれた。けれどこれが中々に楽しい日々。
抵抗も違和感もなく女装が板についてしまった頃には根暗で地味な俺はいなくなり目の前の鏡に映ったもう一人の自分が生き生きとしていた。

変な方向に自信がついてしまった俺は見返す気持ちで女装のまま登校。クラス中を驚かせ、歓声を上げる女子達から高評価を獲得し味方にする事に成功した。いつの時代も女子の立場は強くそのおかげでいじめから抜け出し新しい日常を手に入れる事が出来た。驚いて大口を開けたガキ大将の間抜けな顔を俺は今でも忘れない。めっちゃおもしろっかった。

それからの俺の毎日はきらきらと輝いた。

可愛い洋服に甘いお菓子、女の子達とウフフアハハと楽しい会話をしながらショッピング。
着飾る楽しみを知ってしまった俺は頭からつま先までお洒落する事が日常となりいつの間にか周りの女の子たちとも遜色劣らない立派な“男の娘”になっていた。

「名無しタン…ぼ、僕と付き合って下ひゃ、下さいっ!!」
「ごめんなさい」

買い物からの帰り道、いきなり呼び止められたと思えば全く知らない男から公衆の面前で告白された。ひくりと口端が引き攣るの抑えながら間髪入れずにお断りする。そして目の前で直角に頭を下げているバンダナ男が顔を上げる前に早々と身を翻しては走り出した、カッカカッカと悲鳴を上げる靴音も無視する。ブーツの踵がすり減ろうが今は気にしてられない!ああ、どうか周りに知り合いがいませんでした様に!
「そんなああああうあああああ」と泣き叫ぶ男を残しヒソヒソとざわついている観衆達からも逃げる様に雑踏の中へ駆け込んだ。人波に紛れてようやくざわめきが遠のいていた事に安堵したものの俺の口からは重い重いため息がこぼれた。

女装をする様になってから俺は少しづつモテ始めた。想いの詰まったラブレターを送られる事も顔を合わせての愛の告白も両の手では数え切れない程ある。
思春期を迎えた男女ならば誰もが一度は素敵な恋愛に憧れ、理想の相手から好意を向けてもらいたいと願い…あわよくばそんな青春を送りたいと夢を見るし、もちろん俺も例に漏れず初めてラブレターをもらった時には胸をときめかせていた事もあった。

けれど…俺の場合その全てが総じてマニアックな雰囲気の野郎共だった。

常にエロフィギュアを握りしめてる奴とか挙動不信な奴とかぴっちりしたキャラTシャツから腹を出してる鼻息荒い奴とかもうエトセトラ…エトセトラ…エトセト…。
…つまり典型的にそんなんばっかりだ。

こんな格好してるけど中身は至って健全な高校生男子であって女の子が好きなんです。男からの告白なんて嬉しくある訳がない。
俺の理想はゆるふわな可愛い感じの女の子だ。

女友逹の繋がりからいつか素敵な女の子と巡り会えるとか夢見た俺が馬鹿だった。
現実、女装男が女の子にモテる訳が無い。
いいなと思って親しくなっても所詮友情止まり、むしろ他人の恋愛相談バシバシ来る。
漫画や小説の中みたいに世の中そんなに甘くないってのは分かってはいたけど何が悲しくてラブレターもチョコレートも男から貰わないといけないんだよ。

俺はれっきとした男だ!って声高々に叫んでやりたい。
やりたいけれど…

白いブラウスと黒い膝下丈の控えめなエプロンドレスに合わせたリボンブーツと
フリルの付いたルミエの日傘を手に持ってゆるく巻いたハニーブロンドのウィッグとドールメイクした顔からはまず男には見えるはずもなく、女装するなら全力に!とバッチリアイメイクまで施してしまった手を抜けない自分の性分が恨めしい。

なら元の姿に戻ってみる?

心の中のもう一人の自分が俺に問いかける。
立ち止まってガラス張りのショウウィンドウに映った姿を眺めた。
街に違和感なく溶け込んでいるそこには今まで自分が作り上げた名無田名無しがいて。

この格好は嫌いなんだろ??

答えは「NO!」








玄関を開ければキッチンからは今日の夕飯の香りが鼻に届く。「ただいま」と声をかければ早く着替えてきなさいと返された。最初は怪訝な顔で冷ややかにしていた両親も今ではこの格好に全く動じる事もない。適応力が高いのか慣れって恐ろしい。

2階の自室に戻っては一息つくようにベッドに腰掛けた。男っぽいモノクロのシンプルな内装に不釣合いな可愛い洋服達と色とりどりの小物はどこかちぐはぐしていて、まるで今の自分そのものだ。

カサッとビニールの擦れる音に手に持った買い物袋を膝に引き寄せ中から待ち焦がれた物を取り出す。発売されたばかりの新作ゲーム『ときめき愛プラスレボリューションsecond』豪華声優陣を起用した今話題のギャルゲームだ。
甘酸っぱい青春を夢見る俺にとってギャルゲームの存在は衝撃的だった。
例え2次元の話でも平凡などこにでもいる主人公がいろんな女の子達に出会って愛されるなんて男の夢そのものでしょ。夕飯の後のお楽しみとパッケージをテーブルに丁寧に置くとはらりとチラシが落ちてきた。

手にとってみれば商品に付いてくるただの新刊紹介だ。表紙には大きく『ONEPIECE』最新刊発売と書かれてる。
そういえば俺も昔は少し読んでたっけ。途中で間を空けてしまってからはそのまま遠のきたまにONEPIECE好きの女の子達の会話から聞く位だ。
階下から俺を呼ぶ声が届き顔を上げると取り敢えず手にしたチラシはゲームの上にポイッと置く。

「いま、行くよ!」

部屋の扉を開けて廊下に一歩踏み出した。

が、床が無かった。


暗転



グッバイ マイ ×××!
(突然過ぎた世界の終わり)


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