天元長編 | ナノ
2話

女は拾った晩に高い熱を出し、ようやく下がったのがそれから4日後。なけなしの体力が全て熱に持っていかれたのであろう、更に2日眠り続けた。
そして6日後、任務から帰り様子を見ようと寝かせている部屋を覗けば、女が身体を起こしてぼうっとしているか細い背中が見えた。

「いや起きたのなら派手に騒げよ!」

「っ?!」

思わず言ってしまった。意識せずとも俺の足音は立たないので、彼女は今初めて人がいることに気付いたらしい。声こそ出なかったが大きく身体がはねた。

「……は、あの、…っごほ、」

「あーまてまて。ずっと寝てたんだから先に水飲め」

驚いた拍子に変に空気を吸ったようだ。咳き込む女に部屋に常備していた湯呑みを手渡す。ほぼ飢餓状態であるのだから力はないだろうと、完全には渡さず湯呑みの下は支えてやる。人より優れている自分の耳に聞こえてくる今だ落ち着かない早い心臓の音に声を出さずに笑った。

「……はぁ」

「落ち着いたか」

「、はい…あの、ありがとうございます…」

初めて聞く女の声はその痩せ細った体にふさわしくか細かったが、妙に天元の耳には心地よかった。

「…えっと、ここは…?」

「ここは俺の家。お前は6日前に雨の中倒れていたとこを俺が拾ってきたんだよ」

「6日前…」

「そ。血みどろの布を纏ってな。悪いが一応着替えさせる時診させてもらった。怪我はなかったよ」

「…そ、うですか…」

修行も兼ねて1人で生活しているこの家には当たり前だが女中などいるはずもなく。かと言って女兄妹に頼むのは、それこそ余所者だと殺さねかねないので天元がやるしかなかった。

「だがあれだな、痩せ過ぎだな。というかもはや骨と皮しかなくて生きているのが不思議だ」

「………見苦しいものを、申し訳ありません…」

ぎゅぅと着せた象牙色の着物の合わせ部分を握る女。

「いや別に見苦しいとかそんなんじゃねぇけど…まあいい。俺は宇髄天元って派手な名前があるんだが、お前は?」

「………………た、ぶん、名前、だったと思います…。最後に呼ばれたのが何年も前なので…曖昧ですが…」

「…そうか」

姓はなく名前と名乗ったその口元はえらくぎこちない動きをしていた。一生のうち1番多くなぞるだろうその動きが定着しないほど、名乗る時がなかったのだろう。

というか、これは訳有りの中でも一際ヤバそうなやつだ、忍びの勘がバシバシと働いている。俺は目の前の今にもかき消えてしまいそうな女をじっと見つめた。
顔は派手にいいしむしろ好みなんだがなぁ。

「……た、助けて、下さったのですよね…?その節は、本当に、ありがとうございます」

お礼をお伝えするのが遅くなり申し訳ありません。
へこ、と起こしていた上半身だけ曲げて名前はこちらに頭を下げた。その動きに合わせて肩から落ちる髪。その姿があまりにも頼りなさすぎて、咄嗟に背骨が折れてしまうのではと内心思ってしまった。

「…まあ俺は派手にいい男だから当たり前だな。崇め奉れよ」

そう己を指差せば、空気の漏れるような微かな声とともに、それまで感情のとぼしかった名前の口元が緩む。
とりあえず拾ったからにはしばらく面倒は見るつもりだったしな。起きたのなら飯を食わせるか。
任務後の忍び装束のままだったことを思い出し、着替えようと立ち上がる。

「飯の準備をしてくるからお前は寝てろ」

「…………あの、」

「あ?まさか食わない、とかいう選択肢があると思ってないよな?」

何か言いたげに口を開く音がしたので先手で釘を刺しておく。むしろその状態で何故食べないという考えが出てくるのかがわからない。

「自分のことわかってる?そのままだと普通に死ぬって言ってんの。せっかくこの俺が助けてやったってのに、そんなんで死なれたら地味すぎんだろ」

「…何から何まで…本当にすみません」

「名前、お前は顔がいい。それもド派手に。いい女ってのはこういう時は謝んないの」

「いや…で、では…えっと、あの…」

「もっとなんか言うことあるだろ」

「………ありがとう、ございます?」

困り果てた顔で言ったのには目を瞑ってやろう。

「どぉいたしまして。次は笑顔と共に、な?」

「、はい」

薄く笑う名前に今度こそ俺は満足して、夕餉には些か遅い支度を始めるのだった。

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