それはまた素敵な理屈


私、名前はどこにでもいるOLだ。
カレンダー通りの毎日を過ごし、休みには日頃の睡眠時間を取り戻すべくただひたすら寝て、気が向けば外に行きウィンドショッピングを楽しむ普通のOL。
そんな私の彼は、何を間違えたのかひょんなことから出会ってしまったアイドルである。それも知らない人はいないんじゃないかと思うくらい有名な。
街に行けば広告に、書店に行けば雑誌の表紙に、歌番組を見れば新曲を発表している彼がいる。
彼は、千は、正真正銘アイドルである。
そんな天下人みたいな人物であるのに、彼はその自覚が足りないのではないかと度々思う。アイドルグループRe:valeの1人として、作曲家として、役者としてのプロ意識は高く、私も心から尊敬している。

けど、

「でもねぇ千さん、これはどうかなって思うんだよ」

「え?何が?」

「何がじゃない…!!」

美人過ぎるその顔を隣できょとんとさせた千の表情は、いつもなら顔が良過ぎる!と悶えてるところだけど今は腹立たしい。
というのも今日は久々に互いのオフが重なり、約1か月ぶりのお忍びデートをしている最中だ。
観たい映画があるのだと千が言ったタイトルは、私もCMで気になっていたものだったので迷わずOK。チケットを用意してくれてたとこもときめいた。だがいざ映画館に入り案内されたのはカップルシート。私はびっくりしすぎて変な声を出してしまった。

「な、なんっでカップルシート…?!」

「なんでって、僕たちカップルだから」

一度座ってみたかったんだ。
クールな顔して感情が分かりやすい千は、呆然としている名前をよそにうきうきとした表情でカップルシートに座る。

いやもうほんとこの人何してんの…!

「モモを1回誘ったことがあるんだけど、それは俺とじゃなくて名前ちゃんと行かなきゃ!って言われたんだ」

「百ちゃんその気遣い間違ってる!」

「でも僕もほんとは名前と座りたかったから、いい機会だと思って。嫌だった?」

「い、嫌じゃ、ないけ、ど…」

そうじゃないと頭を抱えながら隣に座った私に、千は切々と目で訴えてくる。そんな悲しい目でこっちを見るのはやめて下さい。なんだか間違っている気持ちになるではないか。
色々と言いたいことはあるけど、来てしまったものはしょうがないと腹を括って映画を楽しむ姿勢を見せれば、千が嬉しそうに手を握ってきた。

思えば今日会った時から千は自覚をしていなかった。
私達は映画館の近くで会うことになっており待ち合わせ場所に向かえば、先に着いていた彼がスマホを弄りながらモデルのように待っていた。実際モデルもしてるんだけど。

「おはようお待たせ!ああっ、今日もかっこいい…!」

「ふふ、おはよ。まだ言ってるの?そろそろ慣れて欲しいんだけど」

「慣れないよこんなの慣れてたまるか!てか、またそんな軽装備!」

顔を上げてこっちを向く国宝級の美人に毎回心臓をやられる。付き合ってからそれなりの時間を共に過ごしているけれど、頻繁に会えないのもあってか一向に慣れない。
そんな美のご尊顔をたった目元のガラス2枚で隠せると思っているのか、お忍びのおの字も感じさせない身軽さで千はデートをしようとする。そう、今日も今日とて防具はいつものサングラスだけだった。

「はい、これマスクとキャップ。それから髪の毛束ねる用のゴム。もーなんで毎度毎度そんな感じで来ちゃうの!」

「名前に見つけてもらいやすいように」

「うぐっ…そんなこと言っても…ダメなんだから…!私以外にも見つかっちゃうんだから!」

サラリとそういうこと言う!
顔を両手で抑えて悶える私をクスクスと笑いながら千は手渡した道具で身支度を整える。

「じゃあ行こうか」

ごく自然な流れで手を繋いできてこれもダメなのにと思いつつ振り払うことなんかできない名前は、嬉しい気持ちとバレることへの恐怖心とで顔を歪めながら結局は逆えずそのまま歩みを進めた。

そしてこのカップルシート。しかも座った途端まだ明るいうちにマスクを取ろうとする千にまたしても慌てた。
これでよく本当に今までリークされてないのが不思議でならない。
その後無事に映画を楽しみ、お互いの洋服を選んだり雑貨屋を冷やかしたり、久々のデートを満喫した2人は夕食後のデザートに舌鼓を打っていた。

「あの映画当たりだったな。パンフレットでも買っておけばよかった。監督や脚本家の話も読めるだろうに」

「私も思った!そんな専門的なのじゃなくて記念にだけど」

「それは僕とのデートの記念?」

「…何よ、悪い?」

「あはは!ううん、かわいい」

拗ねてそっぽを向く私の頬をテーブル越しにつついてくる千はとても楽しそうで、心がじわりとあったかくなる。

「そろそろ帰ろっか。明日お互い早いし」

私は朝一で会議があり、彼は雑誌の撮影があると言っていた。名残惜しいけど社会人の夜は意外と短い。
スマートにご飯のお会計をしてくれた千のためお礼を述べつつタクシーを呼ぶ。さすがに電車で移動はできない。以前百ちゃんと試みたことがあるらしいけど、岡崎さんにバレてとても怒られたとしょげてたっけ。
到着したタクシーに乗り先に私の家へと向かう間も、手は繋いだまま取り止めもない話をしていた。

「千、次のデートの時はちゃんと変装してきてね!」

「んー…そうね」

「もう、岡崎さんと百ちゃんに迷惑かかったらどうするの?」

「まあそれはそうなんだけど…」

「というか、むしろなんでしないの?マスクが嫌とか?」

なんだか歯切れの悪い千。でもいつも私がマスクを渡せば大人しくつけるしキャップも被るけど、自分でしないのには何か訳があるのかもしれないと何気なく聞いてみれば稀に見せる渋い顔。

「え、何…」

「いや…これを言うとすごいかっこ悪いからあんまり言いたくないんだけど…」

「そこまで言われたら気になるよ」

「…だってデートだろ?」

「…ん?」

言われたことがよくわからずに名前は首を傾げる。

「…っ、デートだから僕だっていつもより服装に気を遣ったり少しはかっこよく見られたいし、カップルらしいこともしたいって思ったんだよ!」

薄暗い車内でもわかるくらい顔を赤くして早口に告げられた内容を理解するのに少し時間がかかった。

え?まって、そんな

「そんなかわいい理由だったの…?!」

「…っああ、何?何か文句でもあるの?」

やけくそになる千に今度は私の顔が熱くなる。
だってカップルらしいことしてバレて困るのは千なのに。

「ええ、もう、やだ何それすごい嬉しい…。でも炎上してるの見るのは悲しい…。けど、うう、千かわいい好き…」

「そう、それは良かった。炎上なんてさせておけばいい」

「全然よくはないけど…」

「…僕にとっては名前にどう思われるか、そこ、割と重要なことなんだけど」

「…何言ってるの!千はいつもかっこいいよ!マスクしたってそのかっこよさは隠せないし、というかその下の顔も脳内補正余裕だし、千は何してもかっこい「わかったから!」

それ以上は僕が持たない。
一向に隣を見ずに窓ガラスに向かってそう呟く千と、両手で顔を抑えて悶える名前をバックミラー越しにタクシーの運転手が笑っていることなんて、終ぞ2人が知ることはなかった。






by 溺れる覚悟







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