この淋しさは消えない
生きるも死ぬも自分次第。
まさに弱肉強食。
名前がそんな世界に足を踏み入れてからかなりの年月が経った。それ故に誕生日を生きて迎えることがどれだけ難しいのかを毎年実感している。
来年は生きていないかもしれない。
そう思いながら過ごしては、また死と隣り合わせの場面をいくつも必死に駆け抜けて私は今日も息をしている。
それは今隣で寝ている男も同じで。
というかむしろこの男場合、生きているのが最早奇跡に近いのではないのかと思う。
左手が義手になり、日本では鮫に食われ、今なんて臓器はマーモンの幻覚で賄っている。
おかしいでしょ。なんで臓器が幻覚なんだよ。バカ。
死に急ぎたいわけでもないのに死にむかって猛進するこの男の恋人をするのも楽じゃない。
目の前で艶めいている銀髪が無性に恨めしくなり、ピンッと引っ張った。
「ッ…?!」
「あは、起きた」
Buongiornoと寝起きとは思えない速さで起き上がったスクアーロに挨拶をすると、ギラついた目で私を睨んだ。
「あ"あ"?なんだまだ夜明け前じゃねェか…!」
「退屈だったの」
「ハァ?!寝ろ!!」
「寝たよ、ちょっとだけど」
ガシガシと頭を掻く姿は、端正な顔に似合わないはずなのにサマになるから腹立たしい。
「…あんなに啼いてた割に元気だなぁ。起きたついでに今から…っつ!」
余計なことを言う前にドスッと腹を殴った。鍛え上げられた鉄板みたいな腹筋にはなんのダメージもないだろうけど。
「うるさい」
「んだよ照れてんのかぁ」
「照れてないうるさい早く寝て」
「名前が起こしたんだろうがよぉ?!」
一体何なんだよ。
と不機嫌そうにつぶやき、バフッとまた枕に沈んだ顔をよしよしと撫でると心の奥底から熱いものが溢れてくる。わがままを言っても無茶振りをしても、結局は優しく許してくれるということを名前は知っている。
「スクアーロ」
「あ"?」
「愛してるよ」
「……………やっぱ今から抱かせろ」
言うが早いか私の上に跨る男の頬を撫でると、銀の瞳に優しさを浮かべくつりと笑った。お互い何も纏っていないままなので、スクアーロの身体に遺る今までの傷や死線を乗り越えてきた名残が惜しみなく晒されている。そっとその温かい左胸に手を当てても、とくりとも心音は感じられない。
「…どうした?」
「…生きてるなって、確認」
「おお、生きてるぞぉ。今から更に実感するだろうがなぁ」
まさに鮫のように大きな口がいやらしく弧を描く。
「お誕生日おめでとう」
「……あ"あ"、今日だったか」
まだ真夜中とも言える時間の暗闇の中、思い出すように顔を傾けた彼の動きに合わせて銀糸が顔に落ちてきた。
「今年も祝えてよかった」
「毎年律儀だな、お前」
「いつ死ぬか分からないからね」
「まあ、そうだなぁ」
それじゃあ、貰えるうちにプレゼントを貰うことにしよう。
そう言って右手で胸を鷲掴みながら唇に噛み付いてきたスクアーロに答えつつ、来年は心音が聞けるといいなぁと思い目を閉じた。
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