見てくれで判断してよ


カランカランと扉についてるベルの音を鳴らして美容院を出た。
いつもお世話になってる美人な美容師さんにまたお待ちしてますと笑顔で見送られ、それに頭を下げると視界にちらりと映るミルクティー色に思わずにやけてしまった。

今日も今日とて髪のメンテナンスは最高の仕上がり。死んでいた髪は息を吹き返し、根元の黒もさっぱり色素がなくなった。昨日よりも5倍は可愛くなった気持ちで意気揚々と歩き始めた私の足取りは、今からスキップでもしてしまいそうなくらい軽い。実際2回ほど跳ねた。
私にとって派手な髪色は大切なステータスである。天使の輪だとかキューティクルだとか、年頃の女の子達がこぞって気にするようなものを全て壊し、根元から思い通りの色に染め上げるのが楽しくてやめられそうもない。

「…あ、万里からLIME来てる」

音楽を聴こうとスマホを開けば、ピロンッと軽快な音を立ててメッセージが届いていることを知らせてきた。
内容は彼氏である万里からのランチのお誘い。先程SNSに美容院に来ていることを書いたので、タイミングを見計らって送ってきたのだろう。バッチリ過ぎて些か怖い。

『ゼミの課題終わったから飯行かね?』

『行く!ご飯食べる!』

『りょ。どこ行く?』

『美容院帰りだからおしゃれなとこ行きたい』

『へーへー。和?洋?』

『イタリアン!』

既読はついたが返事は返ってこなかった。ヤンキーな見た目に反して気の利く優しい彼氏のことだ。きっと何かしらお店を探してくれているに違いない。その優しさに触れるたびに愛されてるなぁと実感するし大好きだなぁと思う。これはただの惚気なんだけど。

しばらくして送られてきた地図の通りに進めば、メインから1本外れた道に隠れ家のように建っているイタリアンのお店が見えてきた。ついでに反対方向を向いてるミルクティー色の後頭部も。自然と口角が上がる。

「ばーんり!お待たせ!」

「うお?!…ったく、あぶねーだろ!」

後ろから飛び付くように抱きつけば、びくりと肩を揺らす万里。不意打ちなのに全くよろけないところにキュンとした。

「なに、またブリーチしたわけ?」

「うん!根元が綺麗でしょ?」

トリートメントもしたから手触りもいいの!と一歩近付けば、慣れた仕草で髪をサラリと梳く万里の手。それが気持ち良くてジッとしていると、何故かそのままわしゃわしゃ撫でられた。

「な、?!やめて!せっかくセットしてもらったのに!!」

「ははっ、悪ィ悪ィ。似てんなと思って」

「…?何に?」

「…柴犬に」

「は、」

柴犬…?

「待ってそれどういう意味」

「いやさっきまで同じゼミの奴んとこ集まってて、触り心地がそこの柴犬と同じなんだわ」

名前の髪。
それを聞いた途端、幸せに感じていた私の頭を撫でまくる万里の手が急に憎たらしくなり、ピシッと叩いて払いのけた。

「イッタ!何すんだよ!」

「私の乙女心が傷ついた!」

「ハァ?!」

「あーもー!せっかく綺麗にしてもらったのに…!」

崩れた髪を手ぐしで出来る限り戻し、少し悲しくなった心を誤魔化す。
柴犬って…!
これでもトリートメント直後だから前に比べたらかなり柔らかくてしっとりしているのに!

「あー…悪かったって」

「…色も綺麗にしてもらったのに…」

「…だな。俺と同じ色くらいじゃねェの」

パッと高い位置にある万里の顔を見れば、にやりと意地悪く笑っている。嫌な予感。

「お前黒いもんな、地毛」

「だ、だったら何…!?」

バレてる。絶対バレてる。

恥ずかしさで口調が荒くなっても目の前のにやけ顔は収まらない。

「何笑ってるの!」

「ん?いや、かわいいなって。俺とオソロイにしたかったんだもんな?」

「ち、ちがう!雑誌で見てかわいいと思っただけ!」

「へーへー。そういうことにしといてやるよ」
全て悟っているであろうイージーモードな彼氏は、私が焦って何を言っても照れ隠しにしか思っていないようで。
元々派手な髪色にしてはいたけど、原色ばかりだった。それが万里と付き合ってからはほぼ毎回ミルクティーカラー。隣を歩く彼の髪色がとても綺麗で、愛おしくて。カップルが揃いで持つようなアクセサリーや洋服よりもよっぽど万里を近くに感じるこの色が、私は大好きだった。

「早く飯食おうぜ。ほら、お手」

「だから私は柴犬じゃない!」

「ははっ!かーわい」

出された手をまたピシッと叩いても、愛おしいげに目を細めて私を見る桔梗の瞳に不覚にもまたキュンとしてしまった。

「…万里の奢りだからね」

「ったくしゃーねェな」

そう言ってドアをカランと鳴らしエスコートする彼氏の髪色が、今日もキラキラと輝いてるを見てやっぱり好きだなぁと思った。







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