君の癒しになれますように


「千おかえり!」

「…ただいま」

夜遅くに帰宅した僕を名前が玄関まで迎えにきた。

「袋が重い…」

「天下のバレンタインですからねー。今年もたくさんもらったの?」

「まあね。全く毎年毎年こんな量食べられるわけないだろ…。そういえば何故かモモとおかりんからももらったよ」

「あはは!2人とも抜かりない!」

他はどんなやつもらったの気になる!と目を輝かせて、彼女は僕が両手に持っている紙袋を受け取りリビングへと向かった。


2月14日の今日はバレンタインデー。
どこぞの会社の思惑通り、世間ではチョコレートを贈り合う日になっている。
デビュー当時は、職業柄ファンの子たちから送られたりすることもあったりした。けど、とてもじゃないがモモの分と合わせると事務所で消費できる量ではなく、安全性の面からも見て何年か前に公式で禁止にした。気持ちは嬉しいんだけどね。甘いものってそんなにたくさん食べられないし、最後の方なんて匂いだけで気持ちが悪くなっていた。
今は仕事で一緒になった共演者からもらったり、差し入れに置いてある分を食べたりしている。ありがたいことに年々知り合いが増えるにつれて量も増えているのが現状だ。
今日はバラエティの収録があったので、かなりの量をもらい食べきれなかった分を持ち帰ってきた。

「え、めちゃくちゃお高いやつ発見…!絶対千のこと好きな女の子からだ!」

「どうして分かるの?」

「だってこれ巷で本命チョコとして人気で、手に入れるのすっごい大変なんだよ?!同期の女の子が言ってたもん!」

確か100人だか1000人だかに1人の美人って紹介されたモデルからもらった…気がする。あんまり興味がなくて忘れていた。
というか、どんな気持ちで名前はその本命を手に取っているのか。そっちの方が僕は気になるんだけど。
でももらった本人より興奮しながら袋を漁る彼女はとても楽しそうだ。アイドルと付き合うからにはこれくらいの図太さが必要なのかもしれないな。

「…別に僕は要らないからそのチョコ全部食べていいよ」

「うそ、やった!ありがとう!明日からのおやつにしよ」

嬉々としてキッチンに持っていく彼女を見送る。
もしかして、いつもは食べられない美味しいチョコを食べたいだけなのでは…。
勘だが割と当たっている自信がある。僕はクスッと笑いリビングに向かった。ソファにドサっと体重を預けると一気に疲れを感じる。

「かなりお疲れですね」

「そうね…思ったより疲れてたみたいだ。バラエティとかモモが専門なのに。なんで僕にくるかな」

「よしよし。頑張ったね千ちゃん。コーヒー飲んだらゆっくりお風呂に入ってくるといいよ」

キッチンから戻ってきた彼女は、労りの言葉と共にコーヒーを僕に手渡した。それを飲み一息つくと、やっと心から落ち着いた気がする。

「はぁ…お風呂も面倒だな。名前、一緒に入らない?」

「素敵なお誘いだけど、私はもう先に入っちゃったので次の機会にお願いします」

入浴剤入れといてあげるよ!と立ち上がる彼女を追いかけるように、僕も渋々腰を上げてお風呂場に向かった。



お風呂から出てリビングに入ると、ゆったりとソファでテレビを見ていた名前がこちらを向いた。

「軽く何か食べるよね?」

「うーん…あんまりお腹減ってないんだけど、でもちょっとしょっぱいのが食べたいかも…」

「あーわかる。甘いのとしょっぱいの、交互に食べたくなるよね。ちょっと待ってて野菜スープ温めてくるから」

仕事先でチョコばかり口にしていたせいか、塩気のものが恋しい。
準備をしてくれる彼女に礼を言い、交代するようにソファに座りテレビを見ると、IDOLiSH7が出ていた。彼らも今日はたくさんチョコをもらっただろう。環くんあたりは喜んでそうだな。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。…ん、美味しい」

「それはよかった」

にこっと笑いながら隣に座る名前からふわっと甘い匂いがした。
…そういえば今日この子からチョコもらってないな。
疑問に思いながら見つめると、視線に気付いた相手に首を傾げられた。

「なに?そんなに見てきて」

「いや…君から甘い匂いがするから」

「…気付いた?」

にやりと笑う名前。

「千はきっとチョコたくさんもらうだろうから、うんざりすると思って!変わり種を用意してみました」

「変わり種…?」

「ハッピーバレンタイン!今年は私がチョコだよ!チョコのように千ちゃんを甘やかしてあげるよ!」

「…くっく…あははは!!」

満面の笑みでバッと手を広げた彼女の不意打ちにやられ、思わず声を上げて笑ってしまう。
なんとも名前らしい。

「えー!なんで笑ってるの!」

「くく…いや、かわいいなと思って」

「本当かなぁ」

「ほんとほんと」

「ちゃんとね、香水もチョコの香りの買ってつけてるんだからね!さっきの甘い匂いはそれだよ」

「なるほど…そういえばその着ているものもチョコの色だ」

「触り心地も抜群です!」

僕はその自慢のルームウェアを着た名前に甘えるように抱きついた。確かにふわふわの肌触りはなかなか癖になりそうだ。
ぎゅっと頭を抱えるように抱きしめてくれる腕が心地良い。

「ふふ。今日はもう甘いものは要らないと思っていたけど、これはいいな」

「でしょ?誰とも被らないし私だけあげられる特別なチョコだよ!千ちゃんいつも頑張ってお仕事しててえらいね〜!百ちゃんと仲良くしてるのもえらい!」

「あははは!」

まるで子どもをあやすかのように頭を撫でてくる彼女が愛おしくてたまらない。

「ああ…好きだな」

「私も大好きだよ」

僕を抱きしめる腕がより強くなる。

「ありがとう。お返しは楽しみにしてて」

「!!めちゃくちゃ期待してる!」

「…ああ、でもそんなに期待されると…今からしたくなるな」

「ん?」

「…お、か、え、し」

「っ…!や、まって、千お疲れだし、」

今度は僕が彼女を抱きしめ、耳元で艶っぽく囁くと察したのか急に慌てだす。

「遠慮しなくてもいいよ。癒してもらったおかげで結構回復したんだ。君だってこういう展開、期待してなかったわけじゃないだろ?」

「え、ちがっ…あの!」

「ふふ、バレンタインは名前をもらえるなんて嬉しいなぁ」

畳み掛けるように追い詰めれば、彼女に逃げ場なんてない。まあ、疲れている時ほどこういった気分になりやすいよね。

「ええ…失敗したかな…」

「大成功だよ。やったね!」

「千…」

困りきった顔の名前にキスを落とせば、あとはもう僕の時間。
あ、その前にテレビを消さないといけないな。まだまだフレッシュな7人には、少しこのバレンタインは早過ぎる。







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