知らない彼女


容姿端麗
頭脳明晰
学級委員で誰にでも気さくなクラスメイト
絵に描いたように完璧なプロフィールを持っているのが苗字名前という女子。

万里にとって彼女はそういう認識だった。今夜までは。

放課後もとっくに過ぎて現在20時過ぎ。
久々に昔の連れとゲーセンで遊んだ帰りのことだった。劇団に入ってからは喧嘩も買わなくなったし、夜も稽古やらミーティングやらが入るので何も用事がなければ直帰する。そんな日々を送っていたため、こんな時間に外を出歩くのはなんだか気持ちがいい。
元来規則正しい生活を送っていたわけではないので、夜外に出ると気持ちが高揚するのは仕方がないのかもしれない。まあ、早めに帰る理由はヤクザのくせして口うるさいおっさんがいるというのが大半なのだが。

今日はきちんと事前に許可を取っているので、どやされることはないと思う。が、やはり面倒なことは避けたいので、連れと別れたあとは真っ直ぐ寮へと向かっていた。
ふと気が向いて、せっかく夜に外を出歩いているのだからといつもと違う道を歩いてみたのが悪かった。
己の容姿は客観的に見て整っているというのは自覚しているし、加えて身長もあるので異性に言い寄られることも多いのは事実だ。故にこうして少し治安が悪い通りに出れば、所謂逆ナンされることも少なくなかった。

「オニーサン!遠くからでも目立つくらいかっこいいねー!私と今からデートしよ?」

「…あー、悪ィけどこのあと帰ってゲームしなきゃなんねーんだわ」

「えー!つまんない!スリルあるゲームの方がよくない?」

「スリルがあんのは良いよな。でも却下。廃ゲーマーにどやされるんで」

同い年くらいの女が近寄って誘ってきたが、万里は顔も見ずにそのまま歩みを止めることなく返答した。

「振られてんだからやめなよ!諦め悪い女はモテないぞー!」

「だって顔がドストライクなんだもん」

ったく面倒ェ。
そう思って歩く速度を上げようとした時、聞こえた第三者の笑いを含む声が妙に聞いたことあるもので振り向いてしまった。

「…?!苗字、か?」

「え、?…げぇ、摂津。なんでこんなとこ歩いてんの…」

それはあの絵に描いたように完璧なクラスメイトだった。
当たり前だが学校でしか会ったことがないので、パーカーを着込んでる自分とは違い模範のようにきっちりと制服を着ている姿しか見たことがない。
それが今はスカートはパンツが見えるギリギリまで短くされ、シャツは襟元のボタンを開けてネクタイはない。その上かなりオーバーサイズのトレーナーを着ており、一瞬誰だか分からなかったが、顔は化粧がされていようと見間違えるはずがない。そんな彼女は他に3人の他校の制服を着た男達と一緒にいた。

「え?このイケメンってば名前の知り合い?」

「…知り合いっつーか、クラスメイト」

話し方もだいぶぞんざいだなオイ。

「えーマジかぁ…。この通りなら絶対知ってる奴は通らないと思ったのに」

「お前がこっちにあるコンビニ限定のお菓子食べたいって言ったんだもんな」

「自業自得だな」

「うるさーい!」

男達に揶揄われ、鬱陶しそうに返事をする苗字。
てか本当にあの真面目な学級委員かよ…。
俺が言葉を失っていると、彼女がキッとこちらを向いた。

「摂津、絶対このこと言わないでよね。誰にも」

「あ、いや…それはいいけどよ。つか言ったところで誰も信じなさそうだしな」

「それでも言わないで。こんなのしてるのバレたら学校の私が滑稽になるじゃん」

「…ははっ!確かに!それはそれで面白ェかも」

笑うな!と目の前の女は睨んでくる。
なんだ、こんな顔もすんのかよ。
というか今の苗字はなんだか学校にいるより少し幼く見える。

「あんた、こっちが素なワケ?」

「どっちも“私”なんだけど。TPOってもんがあるでしょ?その時によって自分がやりやすいようにしてるだけですけど」

「そーかよ。俺は今の苗字のが話しやすくてすきだけどな」

「摂津に話しやすくされても微妙だっつの」

「ブハッ!はっきり言うんだな!ますますイメージ変わるわ!」

昼間に見た彼女とのギャップが大き過ぎて最早笑いが出てしまう。
口を開けて笑う俺に対し、段々と不機嫌になっていく学級委員の姿は余計に笑いを長引かせるだけだった。

「めちゃくちゃ笑われてるよ、名前」

「どんだけ笑ってんだ…」

「オイ、お前もうそろそろ行かないと時間やばくないか?」

向こうの連れの男がそう促すと、時計を見てマジかと焦る苗字。

「…明日学校で私に会っても話しかけないでね。てか近付かないで。てか金輪際関わらないで」

「オイオイ、そこまで言うか?」

「ハァー…マジで最悪。もう帰る」

ため息をつきながらこちらに背を向ける彼女に連れ立って、男達も踵を返した。

「イケメンくん、また会えたらいいね!」

最初に声をかけてきた女は、ニヤニヤしながら去っていく仲間の後を追って行く。
遠くなる背中を見ながら、この夜の新鮮なクラスメイトの姿を知っているのは俺だけだと思うと少し気分がいい。

「あーあ…約束の時間過ぎてっから至さんから鬼LIME来てんな」

スマホを見れば通知の量がエグい。

『まだ帰らないの?』
『今どこにいるの。』
『約束忘れてないよな?』

どこぞの束縛彼女かよ。
不機嫌を隠そうともしない歳上のオタクゲーマーに返事を返しつつ、明日学校に行くのが楽しみだなと足取りも軽く万里は寮へとまた歩きはじめた。







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