ある夏の日
暑い。クーラーの効いた自室で僕はソファから動けなかった。
楽器も弾けるくらい防音に優れたマンションに住んでいるため、壁も厚く密閉度の高さゆえに空気がこもってしまう。
こんな日に仕事なんて、星野も大気もかわいそー。
今はいない2人に向かってそう独りごちる。
なんでも単独のインタビューやテレビ出演らしく、僕1人だけ休みだった。
いつもはダラダラと部屋で過ごすことが多い休日。ファンやパパラッチにプライベートまで追いかけられに外に行くなんてまっぴらごめん。と、普段の僕ならこのまま寝るだろうけど、今日はこれから用事で出なければならない。別に仕事じゃないしなんなら断ることもできたけど、行くことにした理由はただ一つ。誘い出した相手が、僕の彼女だから。
まさか地球人の女に惚れるだなんて、まさか付き合うだなんて誰が予想できただろう。星野からはニヤニヤと気味の悪い顔をされ、大気からもいいんじゃないですか?火遊びくらい夜天も必要ですよと揶揄われた。思い出しても腹が立つ。大体なんだよ火遊びって。僕がそんなので付き合うと思っているのか。
…でも、まあ。大気が揶揄うのもわかる。僕が1番使命に躍起になっていたし、地球人のこと、嫌いだし。
僕たちが何故ここにいるのか、誰のために歌を歌っているのか。忘れるわけがないだろ。
ただその途中で、出会ってしまっただけだ。ただそれだけ。
ふと時計を見ると、そろそろ準備を始めなければならない頃合いだ。外の暑さを考えて憂鬱になりながら僕は身支度を始めた。
待ち合わせ場所は学校だった。わかりやすいが、休日とは言え人はいるから全然良くはないんだけど。目的地に着くと、校門の前に彼女が1人立っていた。
「…日傘や帽子もしないで待ってるなんて、君ってバカなの?」
「っ!…あ、夜天!おはよ。違うよ忘れただけなの!」
かけた声にびくっと肩を震わせた後、僕だと気付いて笑みを浮かべた名前。月野達と幼なじみらしく、いつもあのグループにいる割にはどことなく周りに壁を作った言動が目についたのが第一印象。
「それ胸張って言うこと?熱中症になっても僕は知らないよ」
「え、いやそこは助けてよ…」
「自己管理不足のくせに助けてもらおうなんて図々しいね」
「ひっどい!彼氏の言うセリフじゃなーい!」
「忘れるなんていつもしてない証拠。今の名前は真夏に人を待つ格好じゃないだろ。影に立ってたわけでもないし。死にたいと言ってるのと同じじゃないか」
「ぐぅ…!!」
悔しそうな顔でこちらを睨む名前に、呆れながらも自分の被っていたキャップを被せた。
「え…っ?!な、なに?貸してくれるの?」
「面倒ごとは増やしたくないの」
「素直じゃない…!でもありがとう」
そう笑っていこっかと繋いできた彼女の手は、クーラーで冷えていたらしい僕にとって熱く感じた。
他愛もない話をしながら連れて行かれたのは彼女の住むアパート。これ別に直接行っても良かったんじゃない?そう言えば待ち合わせをしたかったのだと拗ねられた。
一人暮らしをしている名前の部屋に来るのはこれが初めてではない。それこそいつもの顔ぶれで集まったり、付き合ってからも何度か来たことがある。
「はい、どうぞ!」
「…お邪魔します」
促されるまま靴を脱いで部屋に上がる。
「飲み物取ってくるから、先にテーブルの方行ってて」
「暑いから冷たい物だとうれ、し、い…?」
キッチンに行った名前にリクエストしながらテーブルに向かうと、いつもは勉強道具だったりマンガ本だったりが積んであるのに今日は違った。
「え、なにこれ…」
「んふふ!名前ちゃんの手作り料理です!しかもお誕生日仕様です!」
そう大きくはないテーブルの上に並んでいたのは、サラダやラザニア、具の多いパスタなどを始めとする少し手の込んだ料理たちだった。
まって、誕生日?
「誰の?」
「やだなぁ、夜天のだよ」
「…僕は2月8日なんだけど」
まさか彼氏の誕生日をうっかり間違えたなんて言わないよね?
「知ってるよ?ただ今日って8月2日じゃん。この前星野に夜天の誕生日聞いた時に、入れ替えたらもうすぐだ!ってなって。祝いたくなったの」
楽しそうに話す名前には悪いけど、全然意味わかんない…。
「入れ替えたところで僕には何の関係もなくない?」
「なくなくないの!」
「ハァ…名前ってやっぱりバカ」
「何よー!嬉しくないの?!」
嬉しさねぇ…。正直こんな真夏に誕生日と言われても実感湧かないというか、ついていけてないというか。ただ祝いたかっただけでここまで本格的に準備するなんて。作るのも楽じゃないのに。こんな暑い中、材料とかその何も予防してない格好で買いに行ったのかなとか。本番は一体どうするつもりなんだろうとか。
そんなことをつい思ってしまうけど、でも、
「…嬉しくないとは言ってない。…ありがとう」
名前の嬉しそうな笑顔に、ここは素直になってもいいかな。
「!えへ、どういたしまして!」
「時間かかったんじゃない?」
「んーでも夜天のこと考えながら作るの楽しかったから。ちゃーんとケーキもあります!」
「…ふふ、そう」
「人気アイドル、スリーライツ夜天光の彼女の特権はフルに使わせていただきます。…来年、ここにいるかも分かんないもんね」
「え?」
「んーん、喜んでもらえてよかったなって!」
最後小声で彼女が何か言ったが聞き取れず、僕は聞き返したけど笑顔を返されるだけだった。
「ゆっくりお召し上がりください!」
「…いただきます」
これから控えている敵との闘いや、まだ見つけられていないあの人を探すこと、色々とやらなければならないことはたくさんある。
でも笑ってる彼女とこうして過ごす日は、まあ悪くないかな。
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