かわいいと言われたかった


「お疲れ様でしたー!」

元気よく挨拶して今日のお仕事は終わった。
私が初めて主演を務める恋愛ドラマ。
学生の頃からモデル一本でやってたけど、いつかは女優としても活動してみたい!と思っていたので、マネージャーからドラマの話を聞いたときは持っていたスマホを落としてしまった。しかも、主演。名前ちゃん、やったわね!大抜擢よ!とマネージャーも泣いて喜んでくれ、実感ないままはじまった収録現場はとてもアットホームですぐに溶け込めた。
第一話から高視聴率を更新し続けているラブストーリーのもう1つの理由は、私の相手役が人気アイドルRe:valeの千さんであることも大きい。
絶対王者なんて呼ばれる彼は、その類稀なるビジュアルと演技力を思う存分披露している。何度かテレビ局などでお会いしたことあるけど、こんなに長期間一緒に仕事をするのは初めて。
私にとっては憧れであり、そして密かに好きな人。
彼と前に会った時、相方の百さんに見せていた笑顔にやられた。我ながら単純すぎる。あの心からの笑顔を自分にも向けてもらえたら。そう、思ってしまった。

「千さん!」

スタッフの人達との挨拶が終わったタイミングで声をかける。

「ん?ああ、名前ちゃんか。お疲れ」

「お、お疲れ様です!あの、途中でセリフが飛んでしまい、本当にすみませんでした…!」

「別にいいよ。フォローは慣れてるから」

恋愛ドラマではよくある、主役の男女が急激に仲良くなるシーン。今日は千さん演じる少し強引な敏腕営業マンが、ヒロインである新入社員をデートに誘うという大切な場面で、彼を意識してしまった私は完全にフリーズ。手を握って連れ出すという時それに気づいた千さんは、咄嗟のアドリブでその場を繋ぎなんとか撮り終えることができた。手を握ることなんて、台本もらった時点で覚悟していたのに…!仕事なのにときめきを隠せなかった自分が恥ずかしい。

「次からは気をつけます…」

「そうね。でもあれくらいで固まってしまうなんて、これから先大丈夫?」

「…!だ、大丈夫です!!」

変に声が裏返ってしまった。

「ふふ、初々しくてかわいいね」

「え?か、かわっ!?」

かわいい?!

「まあ、そこはいいとして。僕はその後のシーンの方が気になったな」

「っ、後のシーン、ですか?」

先程のかわいい発言の余韻が甘すぎるけど、千さんの指摘はちゃんと聞いていたい。後のシーンは、確か連れ出されたヒロインが笑顔で彼に話しかけるところだったはず。

「あの、具体的にどのようなところが…」

「笑顔、ぎこちなかった。もっと素直な笑顔の方がより感情がわかるでしょ。君、顔はいいんだから」

使えるものは使わないと、と言う千さんにまたしても固まってしまう。

「か、顔はいいって…!」

「モデルやってるんだろ?笑顔は基本中の基本じゃないの?」

「た、確かにモデルもしてますけど…やっぱりドラマだと全然違うんですね。緊張していたので、余計に笑えてなかったかもしれません」

自分では笑顔だったと思うんだけど、役者をやってる人から見たらそうではなかったのかもしれない。写真はニコッと笑えば終わるけど、ドラマは演技しながら笑顔でなければならないのが難しい。

「うん。かなりぎこちなかった。あの監督は稀に見る優しい人柄だからね、初めてのドラマで慣れていないところを許してくれてたとこもあるけど、僕は妥協はしたくない」

「はい…」

「まあでもこの前注意したところ、すごい良くなっていたし。筋は悪くないんじゃない。初めてにしては」

俯きがちだった視線が浮上する。

「きちんと台本読んできているのもわかるし、僕が指摘しても受け止めているところが君のいいところだと思うよ」

「…!本当ですか?!あ、ありがとうございます!頑張ります!」

そう返事をした私に少し微笑んで、千さんは楽屋へと戻っていった。千さんが褒めてくれた…!私は嬉しすぎて思わず口元が緩んでしまう。あの男性にしては綺麗すぎる見た目と抑揚のあまりない話し方のせいか、キツい言葉に聞こえるけど決して冷たい人ではないことはもう分かっている。仕事に厳しくダメ出しや注意もされるけど、こうしてよくなったところはきちんと見つけてくれる、伝えてくれる。何より見てくれていると分かるのが嬉しくてたまらない。一緒に仕事ができ、成長を感じられる毎日が楽しい。このドラマが終わる頃ご飯にでも行けたらいいなぁ、なんてふわふわと考えながら私も楽屋へと向かった。




午前中から昼過ぎまでのドラマ撮影が終わり、置いている荷物を取りに楽屋へと歩いていた。今日はあと夕方から確か雑誌の撮影が入っていたな。スケジュールを思い返しながらテレビ局の廊下を曲がろうとしたところで、ふと聞こえてきた会話に足が止まる。

「苗字名前って絶対千さんのこと好きだよね」

…え?

「わかる!あからさまに笑顔作って現場いるもんね。わかりやすすぎ」

「だよね。あの媚びている感じ、生理的に無理。てかなんで彼女が主役なの?あたしの方が女優歴長いんですけど!千さんの相手役したかった!」

「大抜擢とか言われてるけど演技も下手くそだし、そのせいで千さんフォローとかいつもしてあげてるし、大変そう」

変な汗が止まらない。彼女らも同じドラマに出ている先輩だ。いつも会ったら撮影には慣れた?今日も頑張ろう!と声をかけてもらっていたので、まさか不満に思われているとは知らなかった。こういう業界だし、多かれ少なかれ陰口は叩かれている。初めてじゃない。けど、目の前で聞くのは何度見ても辛くなる。何より千さんへの気持ちがバレてしまっているのではという焦りも相まって動けなかった。
どうしよう、どうしよう…!
ここ曲がらなきゃ向こうに行けないのに。

「あたしより後輩のくせに気に食わない。モデルからとか、どうせ顔だけなんでしょ」

「相手があんなので千さんも迷惑してるし、演技きちんとできないなら帰ってよね」

ただの僻みだとわかってはいるけど、でも、そんな大きな声で言うことないじゃない…!
初めての女優としてのお仕事で、私だっていっぱいいっぱいなのに。悔しさと悲しみで泣いてしまいそうになる。

「ああいうの、本当にどうかしてるよね」

突然後ろから聞こえた声に心臓が止まるかと思った。

「ゆ、千さん…?!」

「ねえ、君もそう思わない?ここで人の悪口言ってたってなにも変わらないのに。どう見ても顔も中身も名前ちゃんに負けてるでしょ。君も災難だね。こんなところ見ちゃうなんて」

そう心底鬱陶しそうに話す千さんは、そのまま私の背中をポンポンと叩き、横を通り過ぎて角を曲がっていった。当然、彼女達に気づかれるわけで。

「え、あ、千さん?!」

「おはよう。君達って暇なんだね」

そう言い放ち、にこりと笑って去って行く姿に思わずときめいてしまった。
触れられた背中が熱い。
彼に冷たい笑顔を向けられた先輩達は、どうしようと泣きそうに言いながら現場に戻っていった。自分が贔屓されているとは微塵も思ってはいないけれど、私を助けてくれたというだけで胸が高鳴る。
やっぱり、何もしないで見ているだけなんてできない。もうきっと彼女達に陰口は言われないだろう。言われたとしても大丈夫な気がする!
恋ってすごい。
こんなことで元気になるなんて、私ってずいぶん現金なんだなと笑ってしまった。



今日が最後の収録日。このラブストーリーは営業マンの彼に抱きしめられる場面で終わる。手を握られた時みたいに台詞はないけど、その代わりアップになるから表情が大切だと監督に言われた。
千さんに抱きしめられる。
演技だと分かってるけど、朝から念入りに髪のメンテナンスしてお気に入りの香水を振って、至近距離で見られても大丈夫なよう準備をした。マネージャーからは今日はいつも以上に可愛いわね!と絶賛され、とても照れてしまった。あとは、演技だけ。

「よろしくお願いします!」

元気よく現場に入ると、スタッフの人達やキャストさんから返事が返ってくる。

「うん、よろしく」

千さんにも同様に挨拶をすると、なんだかいつもより固めな声の返事が返ってきた。

「き、今日で最後ですね…!以前の失敗をしないよう、頑張ります!」

「そうね。僕がフォローできるのも限られてるよ」

「はい。千さんのお手を煩わせないようにします」

やっぱりどことなくよそよそしい。いつもなら励ますまではいかなくても、頑張ってねくらいの言葉があるのに。
千さんも緊張してるのかな?いや、恋愛ドラマにはもう何回も出ているしそんなわけないよね。じゃあ何故…?
少し不安になる中、最後の撮影が始まった。
気持ちを入れ替えないと。絶対成功させて周りを見返してやる。そして、あわよくば憧れの人との関係と前進できたら。
目の前の撮影に集中すると頭がクリアになった。
きっとタイミングが悪かったんだな。
ふと視界の片隅に映ったライバル達はこちらへやっては来ない。

「アクション!」

監督の掛け声共に最後のシーンが始まる。やっと結ばれた2人が、これからの新しい生活に微笑み抱きしめ合う。
いよいよラスト。
千さんを見上げると、彼氏の顔で私を見ている。そのまま愛おしそうに私を抱きしめた。

「もう、離さないよ」

私は彼の腕の中で、この世で1番幸せな笑顔を浮かべた。



「お疲れ様でした〜!!」

カメラが止まった瞬間、共演者の方から最後の笑顔がとても良かったと大絶賛された。監督からも今まで見てきた中で1番名前ちゃんらしい笑顔だったよと褒められ、私は思わずウルッときてしまった。
この感動を早く伝えたい、分かち合いたい。
スタッフとキャストが入り乱れる現場を、あの長くて綺麗な銀髪を探して歩き回る。
…見つけた。
千さんは現場から少し出た廊下の壁に寄り掛かったまま、誰かと電話をしているようだった。まだ他の人たちは終わった感想などで盛り上がっており、誰も千さんには気づいていない。
きっと、これがチャンス。
電話が切れるタイミングがわかるよう近づいていった。だんだんと千さんと電話相手との話し声も聞こえてくる。
誰と話しているのかな。あ、百さんかな。最近個人が忙しくて会えてないって言ってた気がする。本当に仲が良いなぁ。
そんなことを思いながらはっきりと声が聞き取れるところまで近づいた。

「…うん、そう。今夜から少しゆっくりできるかな。……ふふ、寂しかったんだ?」

楽しそうに笑顔を浮かべながら話している千さん。その表情は、私が焦がれたものだった。

「素直じゃないな。僕は寂しかったよ、愛しい彼女に会えなくて」

…カノジョ?
ドキリと心臓が嫌な音を立てた。

「仕事、何時に終わるの?…そう、僕もそれくらいには終わりそうだからご飯でも食べようか。僕の家においで。……ありがとう。会えるの楽しみにしているよ」

千さんが愛おしげに呼んだ名前は女性だった。私がこの撮影の中で呼ばれたトーンとは全く違う、優しさを含む声。本当に大切な人の前でしか出ない甘さのある微笑みを浮かべながら、通話が切れたあとのスマホ画面を見ている。
彼女…さん、いたんだ…。

「あれ?どうしたの、こんなところで」

こちらに気付いた千さんが声をかけてきた。

「あ…いえ、その、ゆ、千さんのお姿が見えなくて…それで、「もしかして聞いてたの?」…え?」

パッと相手の顔を見ると、眉を潜めて困ったような表情をしていた。

「あ、あの…ごめんなさい…」

「いや、別に君が謝ることじゃないけどね。早く声が聞きたくて、こんな場所で電話しちゃった僕が悪いんだけど」

「…彼女さん、ですよね、?」

「まあ…そうね。付き合ったのは最近なんだけど。僕にとっては大切な人だよ。もちろん、モモとは別の意味で。本当は誰に知られようが僕は気にしないし、むしろみんな知っていればいいとすら思っているけど」

彼女もモモも必死に止めてくるから、困ったもんだよ。
困ったと言いながらどこか幸せそうな口振りで話す千さんは、いつもの何倍も魅力的に見えた。

「あの、私は知らなかったことにするので…ご安心下さい!」

 そう言うので精一杯だった。

「ふふ、ありがとう。ああ、そういえば撮影お疲れ様。1番最後の笑顔、よかったよ。あの表情をいつでもできるようになれれば、名前ちゃんとまた共演できる日がくるかもね」

そんな日が来たら嬉しいです。と私が答える前に、千さーん!と誰かが呼んだ声の方へそのまま彼は向かっていった。一緒に行くか聞かれたけど、少し1人になりたいのでと断り、私は楽屋へと戻る。
あんなに素敵なのに彼女がいないわけない。いなかったとして私がなれるわけでもない。分かっていたけど、心を許して安心したようなあの笑顔が忘れられない。
もしかして彼女さんができたから、今日素っ気なかったのかな。千さん一途そうだもんね。あの様子だと、きっと他の女性なんて視界に入ってない。

「…いいなぁ…」

バタンと楽屋のドアを閉めたと同時に思わずこぼれてしまった。
一途に思われるのは私だったらよかったのに。
ドラマ中にあんなにも強引に迫ってきていた彼は、今日でさよなら。あの時間だけは私の彼だったのに。それも本命の前だと偽りでしかなかった、所詮演技だったんだと分かってしまったのがこんなにもつらいなんて。
涙は止まらず、そのまま楽屋で泣き崩れた。今日のために気合を入れた私を、彼は1度もかわいいとは言わなかったことを思い出して。







back