白い白い野望


最強の名を欲しいままにする五条悟には許嫁がいる。


その昔、人魚の肉を食べ不老不死となった八百比丘尼と呼ばれる女は、その後呪霊へと変化し、ある一族に加護という名の呪いをかけた。それが苗字家だ。呪術界ではそこそこの名家である。
この家系で生まれる女には隔世遺伝で呪いが発現する。身内で誰かが身籠ればまず確かめるのが性別で、女と分かれば次には占いでもって呪いの有無を視るくらいには重要視されていた。そしてついに、待望の呪い持ちの子が爆誕する。奇しくも五条家の六眼と術式を受け継いだ子と同じ日に。その子は名前と名付けられた。




「ねえ悟さま」

「ん」

「ガッコウって楽しい?」

「…別に」

苗字家の地下にある閉鎖された広い座敷にて悟の隣に座る少女は、家庭教師から出された宿題に飽きたのかえんぴつをころころと遊ばせる。今日は身体の調子が良いらしく、いつも寝ている布団ではなく机にノートなどを広げていた。

「お前いっつもそれしか聞かねーな」

「だってガッコウに行ったことないんだもん」

「…まあ行ったとこで特に面白くもなんともないけど。あと呪霊が多すぎて気持ち悪い」

「ふーん…。ねえ、男の子もいっぱいいるんでしょ?みんな悟さまみたいな感じなの?」

「俺がいっぱいいたらさぞかしこの世はパラダイスだろうよ」

「えー。悟さまってほんとはバカでしょ」

「なんでだよ!テレビでも俺より顔がいいやついないだろ!」

「いないけどさぁ」

パラダイスって大袈裟すぎない?

そう笑う名前の頭を悟は勢いよく叩いた。この生意気な許嫁は、箱入りどころかほぼ監禁娘なので外を知らなさすぎる。普通の学校に通っている悟にあれやこれや聞いては、ふんふんとその小さな頭に知識を詰め込むのが唯一の楽しみであった。

「ひっどい!叩いた!」

「お前が俺の言うこと信じねーから」

「女の子は叩いたらダメってヒトシくんのお母さんが言ってたよ」

「は?誰」

「毎朝見てるアニメの男の子」

「アニメかよ」

はぁ、とため息をついてふと部屋を眺める。そしてこいつはよくここで生きていけるな、と何度目かわからない感想を抱く。座敷をぐるりと囲んでいる呪符付きの檻は、許嫁である自分と世話係、それから家庭教師くらいしか入れない。


「…お父さまとお母さまは元気してた?」

声は静かすぎたが、隣に座っているので十分だった。

「元気だったよ。今日俺が持ってきたどら焼き、名前にもってもらったやつ」

「…早く会いたいなぁ」

「……俺がここから出してやるから。それまで一緒に我慢してやる」

「ふふ、悟さまは優しい。すぐ叩くけど」

「うるせーよ」

くすくすと笑いながらぎゅっと抱きついてくる名前。同級生の女の子よりも華奢なその腕を、悟は庇護と愛情でもって撫でる。

「悟さまとも早く結婚したい」

「気が早いわ」

「…私、浮気されたらやり返すからね」

「…俺信用なくね?」

「ヒトシくんのお母さんが言ってたの」

「それもか…」

ヒトシくんのお母さんから色々と学んでいるらしい。いやまずどんなアニメだよ。物騒なモン毎朝やってんなよ。


「名前」

「ん?」

「…俺が高校生になる前にここから出してやる。そしたらパフェ、食いに行こ」

「…!うん、うん!パフェ!」

少し前、一緒に見ていたテレビでパフェが出た瞬間に輝いた目には、幼心に惹かれるものがあった。同時にその夢を叶えてやるのは自分でなければならないとも。

「まーその前にやることたくさんあるけどな」

「なんのこと?」

「まずは目の前の宿題だろ」

「うげー…忘れてた」







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