飴細工
「お前は今日も派手にいい女だ!」
「さすが俺の彼女だよな、かわいい」
「かわいいな、名前」
私の彼氏はなにかと褒めてくる。別に何もしてないのに褒めてくる。最近で1番やばいと思ったのは息してるだけでかわいいと褒められたことだ。これはもうヤバいというか普通に引いてしまった。ごめんね。
彼こと宇髄天元は見た目麗しい美丈夫な男で、一緒に街を歩けば建物の中にいる女性もガラス越しに目で追ってくるほどその容姿は恵まれている。比べて私はというと特筆すべきところは特にない、至って普通の女である。ただ天元の目には違うように映るらしい。
「俺が惚れた女なんだから地味なわけねぇだろ!アホか!!」
付き合ってすぐくらいに自分の見た目について悩んだ際、彼が放った言葉である。私は天元がそう言ってくれるなら、とそれはそれで満足したのだが彼はそうも行かなかったらしい。以来ことあるごとにかわいいだのド派手だのめちゃくちゃ褒めるようになってきた。
「お待たせ、天元!」
「おお、お疲れさん」
お互いの仕事終わりにディナーを約束した夜。少し早めに終わったと連絡が来ていたので急いで駅に向かえば、女性の視線を一際集めて立っている天元がいた。
「相変わらず目立ってるね」
「まあな!俺ほどの色男はそうそういないだろうよ。…ん?メイク変えたか?」
「あ、うん!アイシャドウの色変えたの。よく気づいたね」
「この俺が名前の変化に気づかないわけねぇだろ。秋色でいいな、派手に似合ってる」
「ふふ、ありがと」
「じゃあ行くか」
さらりと私の髪をすきそのまま手を繋いでくる天元。ほんと、ひとつひとつの仕草が嫌味なく格好がつくのだから、我が彼氏ながらずるい男だ。そしてそんな私のことをチラチラと羨望の眼差しで見てくる女性たち。
「ご飯どこ行こう?」
「お前を待ってる間に何軒か見繕っておいたから選べよ」
「………ほんとずるい」
「はは!今更だな」
からりと笑った彼の大きく厚い手に引っ張られながら、夜の街の中を歩いてお店へと向かって行く。天元は自分がモテることを全て知った上で、それを最大限に使ってくるので心臓がいくつあっても足りない。
「彼女さんわりと普通だね」
「え、思った!チラッと顔が見えたけど…」
選んだのは前から来てみたいと思っていたお洒落な和食屋さん。ラインナップにこのお店があるあたり、抜かりない。
ゆっくりその美味しさに舌鼓を打っていると、ふと周りの声に混じって聞こえてきた言葉。もうその反応を受けるのは何十回目なのやら。
「名前、」
「ん?……っ、ちょ、」
「ったく、よそ見しているからだろ」
持っていかれた意識は天元の呼ぶ声で戻したが、同時に口元についていたらしいものをひょいととられた。
「よそ見してない…」
「そうか。ま、お前はかわいいんだから、何も気にせず美味そうに飯を食ってりゃいいんだよ」
また、ほら、そう言う。
私が一番気にしていることを上塗りするかのように何度も何度も褒める。
そうして自分でも気づかないうちにその気にさせて、周りの声も聞こえなくなるのだから案外私もちょろいのだ。
「…天元がそういうなら、そうかも」
「かもじゃなくてそうなんだっての」
「…ふふ、そっか」
どろどろに煮詰めて溶けた砂糖を上からとろりとかけられるような感覚だ。その中での幸福感から私はもう逃げられない。
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