きみとあすなろ
私の最大のコンプレックス。
それは肌荒れだ。思春期特有のものとはいえ、過剰なほど気にしてしまうのもお年頃であるが故。毎日毎日鏡の前でうんうん唸る私に、お母さんは大人になればなくなるわよ、なんて笑ってたけど、大人ではなく今、なう、なくなってほしい。
特に好きな人と同じクラスなら尚更だ。
「ほんっとにもうやだ…」
朝起きてから顔を洗い鏡を見る。また1つ、ニキビがぷっくりとあごにできていた。勝手に私の肌に住み着いているとか家賃払って欲しいんですけど…!!
「…今日もマスクしなきゃダメだなぁ」
季節柄花粉症と言えば不自然ではないマスク。私はこれ幸いと肌荒れを隠すために使っていた。ネットではマスクでの摩擦も肌荒れの原因と書いてあるが、そんなの知ったことではない。
好きな人に見られないようにする方がよっぽど大事!
これが花の女子高生になりたての乙女心である。
「おはよう!」
下駄箱で靴を履き替えている友達に駆け寄る。入学して最初に仲良くなった彼女は、私の恋を知る唯一の相談相手。
「おはよ。またマスクなの?…あ、そういやあんたの愛しの泉田くん、さっき教室向かったよ」
「だってまた新しいニキビが…って、え!嘘でしょ?!会いたかったぁ!」
ニヤニヤしながら小突いてくる友達からの情報にうなだれる。
えぇ…昨日はこの時間であいさつできたのに…!
「会いたかったって…変なの。名前と泉田くん、同じクラスなのに」
「だ、だってクラスだと恥ずかしいじゃん!なんか見られるし!」
「はいはい、誰もそんなに気にしてないと思うけどね〜」
ゆったりと歩きながらそう言う彼女は知らないのだ。うちのクラスの泉田莇くんがどれだけ人気なのか。
身長が高く、男の子にしては長めの髪をハーフアップにしてる泉田莇くん。実は私は中学校も彼と同じなのだけど、クラスが被ったことがないので接点はなかった。何より、あの頃の泉田くんはとても怖かった。いつも他者を寄せ付けない鋭い目をしていて、学校の外では喧嘩をしていたとも聞く。そんな彼に私も怯えていたけれど、高校の入学式の日、彼が所属する演劇の仲間だという人達に囲まれて笑っている顔を見て、きゅんとしてしまったのだ。いわゆるギャップというやつに。
「その時から私の片想いははじまったの」
「もういいから。それ聞くの多分100回目よ」
「冷たい!」
本日2回目の呆れ顔をしながらスマホをいじる彼女。ふと、その横顔の周りになんだか花が舞ってる気がした。
「彼氏さん?」
「うん」
「…もうやだ!!」
私は裏切り者のリア充を置いて大股で教室に向かうのだった。
大きなハプニングもなければ小さなラッキーもなく、淡々と1日がおわった放課後。なんとなくだらだらと帰り支度をしていれば、あっという間に最後の1人になった。ちなみにかの友人は今朝方誘われた放課後デートに嬉々として向かった。別に悔しくなんてないんだから。
「…ふぅ、くるし、」
誰も見ていないからと、息苦しさからマスクを外す。すぅと吸い込んだ息が新鮮に感じる。
ニキビさえなければこんなものしなくていいのに…!
手鏡を開けば赤く憎たらしい存在はまだあって、私はため息をついた。
「…でけェため息」
「…え、」
1人しかいないと思っていた教室に、私ではない低い声が響いた。誰だか分かりたくないが分かってしまった途端、ひやりと心臓冷える。
「い、泉田くん…なんで…」
「…忘れ物したから」
そう言ってスタスタと自分の席に向かう泉田くん。あった、と呟いて男の子が持つには大きめのポーチをカバンにしまい、ちらりとこちらを見た。
「……さっきのため息、それか?」
それ、と顎を指さす泉田くんの指は細くてきれい。その動きにつられ自分の顔を触ると、ピリッとした痛み。
…痛み?
「…あああっ?!!」
「?!お、おいなんだよ」
「まって、まって、ますく、」
マスク外したままだった…!!
慌てて机の上に置いていたマスクを掴み口元に当てる。耳にゴムをかける余裕なんてあるわけなかった。
さいあく!さいあく!見られちゃった…!!
最早泣きそうになりながら泉田くんに背を向ける。すでに手遅れなのは分かっているが、せめてこれ以上見られたくない。
「…大丈夫か?」
「…う、うん…ごめん…」
「いやなんか…俺も悪かった…」
震えてしまう声。そのせいか彼は全然悪くないのに謝られてしまった。申し訳なさでますます涙が込み上げてくる。
「もしかして苗字が最近マスクしてたのって、肌荒れが原因?」
「………うん。私、荒れやすくて…すぐできちゃうのが嫌で…」
「…あのさ、マスクしてっと余計荒れるしやめた方がいい。あとビタミン剤は飲んでるか?」
「え、」
振り向くと、綺麗なエメラルドの瞳がこちらを真っ直ぐに見ている。
「えと、飲んでない…」
「じゃあこれとこれ、やる。飲むのは朝晩でいい。枕カバーはできれば毎日新しいものに替えて、洗顔後の保湿は念入りにしろ。それから、」
渡されたビタミン剤と共につらつらと教えられる肌荒れ対策の情報に呆気に取られていると、ハッと言葉を止めバツが悪そうな顔をした泉田くん。そのまま踵を返した彼の制服の袖を慌てて私は掴んだ。
「ま、まって!メモとってない!」
「…は、メモ?…てか離せ!女子が簡単に野郎に触るんじゃねぇ…っ!!」
「え?!あ、ご、ごめんなさい、?」
狼狽える彼を見て嫌だったかなと思ったが、よくよく見ると耳まで真っ赤な泉田くん。
え、もしかして照れてる?…あの泉田くんが?
そう思った私の胸がきゅんとときめく。彼は一体どれだけのギャップを隠し持っているのだろう。
「っ…はぁ、マジで信じらんねぇ」
「…ふふ、」
「!笑ってんじゃねぇよ!」
「ふふ、ごめん。ていうか泉田くん、スキンケアに詳しいんだね」
「チッ………わりぃかよ」
「ううん、とても助かる。正直本当に毎日憂鬱なんだ」
だから助けて下さい。
そう彼の目を見て言えば、僅かに驚いた色を見せる。そういえばかっこいいなぁと思っていつも顔を見ていたけど、改めて見るととても肌が綺麗だ。同じお年頃であるはずなのに、白くてつやつやとしたその肌は努力の賜物なんだろうか。
「…………まあ、アドバイスくらいなら。ただやるからには妥協はしねぇからな。毎日きちんとこなしているかチェックしてやる」
「はい!よろしくお願いします!」
「…ふ、サボるんじゃねえぞ」
初めて笑いかけてくれた泉田くんの笑顔にドキドキしながら、これから話せる機会が増えたことに胸をときめかせる。
このニキビの今月分の家賃くらいは許してあげようかな。
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