心臓を撃ち抜かれた


あーもう最悪。
朝起きて鏡の前でため息をつく。

「どうしてできちゃうかなぁ…」

じくじくと痛みをともなって存在しているニキビを見て、さっそく本日2回目のため息が出た。
今日は久々に最愛の彼氏とのデートなのに。それも誕生日というこの世で1番素晴らしい日に。この日のために新しくお洋服も買って、美容院にも行って、ネイルだって変えた。それなのに肝心の顔に、しかもほっぺにできるなんて聞いてない。聞いてたとしても断固拒否なんだけど。

「って、あー!もうこんな時間…!!」

ふと時計を見れば約束の時間まであと2時間を切っていて。嘆いたってできたものは仕方がない。コンシーラーでできるだけ隠してマスクして行こうと慌てて準備に取りかかった。




結論から言えば何も隠せなかった。赤みが少しマシになったくらい。
くそう、カバー力が売りのコンシーラーのはずなのに!これは莇への報告案件だ。
LIMEにて口コミさながらの感想とついでにニキビの撃退法を美容の鬼である後輩に送り、待ち合わせ場所に向かうべく駅の改札を抜けた。
約束の時間ぴったりに着きそうだなぁ、とスマホから顔を上げれば、数メートル先に愛おしい彼がすでに待っていた。
蜜月はとうに過ぎたはずなのに、相変わらずときめいてしまうのは仕方ないと思います。だってほら、その子もあの子もみんな頬を染めて彼を見ているもん。
私は声をかける前に前髪を整えてから、名前を呼べる少しの優越感と共に駆け寄った。

「ばーんり!お誕生日おめでとう!!」

「おー、さんきゅ。LIMEでも名前が1番に祝ってきたけどな」

「やった、1番!今日は存分に祝われてね!」

「ははっ、んだそれ。てか何そのマスク。風邪か?」

「え、いや、ちょっとね!風邪じゃないけど、花粉症的な!」

「…ふーん?」

今日も頭の上から爪先までおしゃれでイケメンな万里は、その整った顔を訝しげに歪める。あははと誤魔化した私に、まあいーけど、と空気を読んで流してくれるところとか本当に素晴らしい。


「んじゃ、行きますか」

数ヶ月ぶりに手を繋いで、私達はデートを楽しむため揃って歩き出した。



万里が以前から気になっていた映画を観た後は、新作の秋服を誕生日プレゼントとして一緒に選んだ。美味しいディナーを心ゆくまで堪能し、お互いというか主に私が大満足な1日の帰り道。余韻に浸りながらゆっくり歩くこの時間が私はとても好きだった。


「あーもう幸せ!」

繋いでる手をぶんぶんと振って歩く私を見て、万里が笑う。

「いや、今日は俺の誕生日だっつーの」

「そうなんだけど!だって万里ってば私を喜ばせるの上手いんだもん!」

「へーへー。それはよかったな?」

「よかったです!」

今だって、私を家まで送るために自分の寮とは反対方向に歩いてくれている。デートのたびにしてくれていることだけど、こういうところを私はとても好きだなと思う。

「そーいや、俺一つだけ嬉しくなかったことがあるんだけど」

「…えっ?!え、なになに、まってなに?!」

突然の彼の発言に、テンションMAXだった私の気持ちが急降下する。
何かやらかした?主役よりはしゃぎ過ぎちゃったのウザかったかな?!…それいつものことだった!

「マスクで顔、見れてねーんだけど」

「ウッ…!」

「あーあ、久々に会ったかわいい彼女なのになー。」

思わずバッとマスクを抑える。

「花粉症、だっけ?くしゃみ一つしてなかったなー。俺嘘つかれてんのかなー」

劇団員のくせに見事な棒読みでそう言った万里。

「いやあの、これにはふかぁーいわけがありまして…」

「…それって俺には言えないこと?」

そ、そんな悲しい目で見ないで…!

「…えっと、」

「ん?」

「…….あの!実は、に、ニキビが出来て…!見られたくなかったの!!」

いたたまれなさすぎてとうとう白状してしまった。

「…はあ、そんなことかよ」

「!そ、そんなことって!」

「ああ、いやわりィ。1日名前の顔が見れなかったから拗ねてたんだわ」

なにそれかわいい!
眉尻を下げてそう言う彼に、ちょろい私はすぐにときめいてしまった。
やだもう、拗ねてたの?!かわいい!

「なんかごめんね」

「ん。…ちなみにどこにできた?」

「…ほっぺ」

「ちょっと見せてみ?」

「え、無理!」

やだやだと首を振ればいーからとガシッと顔を固定される。さっきより近くなった距離にマスク越しでもふわっと香る香水に、ああ万里だ、なんて意味のわからないことを思った。

「暗いしそんなわかんねーって」

「….嫌なのに…」

「顔、見せて?」

…ウッ、

観念した私は渋々マスクに手をかけ、ゆっくりと下ろす。その間も目を逸らさない彼の視線から逃れるように、スッと目線も下げた。



ちゅ。


「おお、ようやく顔が見れた。てか全然目立ってなくね」

…ん?

一瞬濃く香った香水に、唇に触れた柔らかな感触。少し呆けている私の目の前でにやにやしている万里。
状況を理解した瞬間、ぶわっと顔に血が巡った。

「赤くなってどうした?」

「…な、なに今の不意打ちってずるい…!!」

「あはは!なんだよその感想!」

「い、いけめん!間違えた!この…いけめん…っ!」

文句を言いたいのにときめきの方が上回って、咄嗟にいけめんと連呼している私を見て、万里はツボったのかひーひー言ってる。

「くく…っ!!あーあ、っとにかわいいなお前」

そう顔を近づけてくる彼に思わずバッとマスクを上げた。

「なに、邪魔なんだけど」

「だって、ニキビ!」

「いや今見たし。そんで俺はお前のニキビも愛してるからこれは没収な」

「あ、あ、愛してるとか…って、ああ!」

追い剥ぎよろしく取られたマスクはそのまま万里のポケットへ。未練がましく伸ばした手を絡め取られては、もう逃げられない。

「俺を祝ってくれるんだもんな?」

返事を待たずしてキスをしてくる強引な彼に、たくさんのおめでとうの気持ちを込めて、私はギュッとその手を握る。

ハッピーバースデー、万里。











by 溺れる覚悟







back