さあ、時は満ちた


私がレオナに会ったのは物心がつくかつかないかの頃だった。1つ上の従兄弟はこの国の王子で生まれながら魔力も強く、容姿も優れているまさに王族を体現した男であった。ただ、その性格を除いては。
彼は“第二”王子であることがずっとコンプレックスであるらしく、それは大きくなっても克服できるどころか歪んでいくばかり。甥っ子のチェカが生まれた時はそれはもう疎ましそうに睨んでいた。なのになんでかチェカはレオナのことが大好きなんだから、男の子ってよくわからない。

そんなよくわからない従兄弟が今日帰ってくる。

「ねーたん、ねーたん!」

「なぁに?チェカ」

「おじたん、まだかなぁ?」

「うーんそろそろだと思うけど…」

「早く会いたいなぁ!」

にこにこと屈託のない笑顔で話しかけてくるチェカが眩しい。この前のマジフト大会の日は学校にまで行ったらしいし、どんだけあの男のことが好きなんだ。

「ねーたんも早く会いたいよね?」

「…………そうだね」

「ねーたん、おじたんのこと大好きだもんね!」

「!?しーっ!!それは言ったらダメって約束でしょ!!」

誰も聞いてないよね…?!
慌てて手でチェカの口を塞ぎバッと周りを見渡すが、レオナの迎えの準備で忙しいのか皆こちらを気にかけていないようでほっと胸を撫で下ろす。
口には出していないのに聡いこのちびっ子は、かなり前から私の燻っている気持ちに気付いている。それが恋愛なのかそうじゃないのかまでは分かってないだろうけど。
とりあえず他の誰かにバレたら危ない。
勢いで力強く塞いでしまったのか苦しそうにむーむーと唸っているチェカに謝りながら手を離し、再度これは重大な秘密であることを言い聞かせる。

「ごめんね…?」

「ううん、私こそごめんなさい。でもこれは本当にパパにもレオナにも言っちゃダメだからね」

頷きしゅんとしてしまった小さな頭をよしよしと撫でていると、ワッと一際大きな迎えの声が響いてきた。

「あ!おじたんだ!おじたんが帰ってきた!!」

王族専用のラッパの音をキャッチした途端垂れていた耳と尻尾をピンとさせ、ぐいぐいと私を引っ張るチェカ。
まって、そんな力どこから湧いてるの?!


「レオナおじたーーーーん!!!!」

「………あぁ…うるせぇ奴が来た…」

出迎えの人を掻き分け、叔父の姿を目にするや否や私を掴んでいた手を離し駆け寄る甥っ子を至極厄介そうに見やるレオナ。相変わらず久々に実家に帰って来たとは思えない身軽さだ。ただ、ふと何か違和感を感じて私は首を傾げる。
……なんだろう。いつもとどこか違う気が。

「おかえりなさい!!」

「声がでけぇよ…この前も会っただろ」

「この前は会っただけだもん!ねーえ、早く遊ぼう?何からする?僕おじたんと遊びたいのいっぱいある!」

「あー…」

「チェカ、レオナは先に王様にご挨拶しないといけないから私と待っとこう?」

「えーー!!」

いっぱい待ったのに!
やっと来た大好きな叔父と遊びたくてたまらないチェカはイヤイヤと彼の腕から離れない。そんなちびっ子を宥めつつ、私はおかえりなさいとレオナに声をかけた。

「…名前もいたのか」

「ええ、今夜はみんなでパーティーなんだって」

「ああ?ンだそれ聞いてねぇ…チッ。帰らなきゃよかったぜ」

「ダメ!僕と遊ぶんだから!」

「あーもうわかったから静かにしろ!…はぁ、だりぃな…」

そう言って足取りも重く王宮に向かうレオナの背中は何ら今までと変わらず、さっきの違和感は勘違いだったかもしれないと思った。

「さ、チェカは私の部屋へおいで。ご飯まで遊ぼうか!」

「はぁーい」

そんなあからさまに落ち込まれるとなんだか悲しいんだけど。
遊んでいれば機嫌も直るだろうと今度は私が小さな手を引きながら部屋へと歩いて行った。






大いに賑わった夕食の時間も過ぎ自分の部屋へと戻ってくると、耳の中でまだ先程の喧騒が木霊している気がする。特にチェカの声が。余程嬉しいのかずっとレオナの横を陣取り、しきりに話しかけていたのは微笑ましかったが隣の男の顔は始終死んでいた。その対照的な表情が滑稽で、つい思い出し笑いを漏らしてしまう。

「ふふ、本当に変わらないんだから…」

安堵にも似たため息をついた時、コンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。
こんな時間に誰がと思うが、まあ王族以外はいないはずなので特に気にせず緑の髪飾りで留めていた髪を解きながら、背中越しに入っていいと許可を出す。しかしその声に返答せずガチャリと扉の開く音がしたので、一応確認をしようと後ろを振り返って見た。

「あれ?レオナ」

「………お前な、せめて俺かどうかくらい確認しろよ」

「こんな時間に訪ねてくる人なんて、身内以外いないじゃない」

「そうかよ…」

お風呂上がりのラフな格好をしたレオナがなんとも言えない顔で立っている。
どうぞとソファーへ促せば力尽きたようにばたりとそこへ倒れ、深い深いため息がひとつ落とされた。

「すっごいため息」

「……………チェカに振り回された次は兄貴が見合いだなんだとうるせぇ」

「…毎回毎回大変ねぇ」

第二王子の彼へ届く膨大なお見合いや年頃の女の子達からの手紙の山を思い出す。「結婚」の文字にすら辟易しているこの男はいつも私の部屋へと逃げ込んでは、その騒ぎが収まるまで休んでいた。正直いつ決まってしまうのかとハラハラもするけれど、その時間が密かに私は好きで大切にしているのはずるいだろうか。
でも今日はいつになく見合い話に付き合っていた方だと思う。

「レオナって実は結婚したくなくて留年してるんでしょ」

「チッ……放っとけ。大体何でもいいだろ、俺は第二王子なんだからな」

「…なんか雰囲気変わったと思ったけど、拗ねるところは変わらないね。仲良い友達はできた?」

「は、誰が。仲良くお勉強なんざできるかよ。最近うるせぇ1年が入っただけだ」

いつもと同じく「ラギー」という名前が出てくるかと思えば、予想外の返答をちょっと楽しそうな顔で言うのだから私は少し驚いた。
その子と何かあったからどことなく変わったのかもしれない。
色々と考えふーんと適当になってしまった相槌に構いもせず、彼はそんなことよりと言葉を続ける。

「名前こそ、もうとっくに誰かと纏まってると思ってたんだが」

行き遅れたか?

先程とはうってかわり意地の悪い顔をするレオナに思わずピシッと尻尾で床を叩き、顔を逸らした。
大体この男が忘れられないだけで、お見合いは何度もしている。私が行き遅れてしまったとしたらこいつのせいだと八つ当たりの気持ちが抑えられない。

「行き遅れているお陰で避難所が空いていてよかったね!」

「……避難所、か。まあここは居心地がいいからな」

ドキッとした。
それまでイラつきで揺れていた尻尾がぴたりと止まる。

「………それは、どういう意味?」

少しの期待を込めた顔で振り向くと、眠たげなレオナが見えた。

「この部屋は毛玉の部屋からも離れているし、名前は騒がねぇから静かで寝るのに丁度いい。ベッドも快適だしな」

そう溢しくわっと大きくあくびをする。


…つまり、私が騒ぐなら別の部屋に行くってこと?チェカと近かったら来ないってこと?
……ただ都合がよかっただけってこと?

ふいに口を閉ざしつかつかと近付く私を見上げるその緑の瞳が好きで、身の回りの小物にまで反映されていることをこの男は知らない。
そう思った私の中で何かが壊れる音がした。

「…?おい、どうし、」

次の言葉を紡ごうとしたレオナの薄い唇を私のそれでもって塞ぐ。突然のことに固まった彼の目を覗き込みながら軽く食めば、目を細めてその長い指で誘うようにつっと顎下をなぞられる。ぞくりと背中が粟立ち私は目を閉じた。

「…っは、」

暫く食べ合うように唇を求め、時折漏れる息が熱い。
ちゅ、とリップ音を残して離れたあと静かに息を整える。想像していたものよりずっと柔らかかった感触が残っている。

「…………兄貴には後で言やあいいだろ」

「え……?」

「まあ、外野はうるさそうだが知ったこっちゃねぇか」

「…何の話?」

急に脈絡もなく話始めるレオナに首を傾げるとふわっと彼の尻尾が頬を撫でた。

「俺はホリデーが明ければ寮に戻る。その間は何もできねぇからな」

一拍置いてその言葉と尻尾の意味を正しく理解した私はかあっと顔が火照ってしまった。
というか、勢いでキスしてしまったのは私だけどこの展開は予想していなかった。
今何故ベッドに転がされているのだろうか。

「え、ちょっと、ねえ待って!」

「黙れ」

「…っあ、や、!話を聞いて…!」

「………チッ、聞いているから早くしろ」

私の衣服の下から入れている手を休める事はなかったが一応聞く姿勢を見せるレオナ。
グッと手に力が入る。

「あの、わ、私、レオナのことが好きなん、だけど、レオナも同じってことでいいんだよね…?!」

思えば長年の想いを伝えるにはあまりにも簡素な言葉にはなってしまったが、状況が状況なだけに頭が回らない。

「…………じゃなきゃこの部屋に毎回来ねぇよ」

ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に優しくキスを送る男の後ろで、尻尾が揺らめくのが見えたそのあとはもうよく覚えていない。







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