優しい咎人


ごほごほと喉に引っかかったような咳が止まらない。加えて寒気と共に身体の火照りを感じる。
明らかに風邪の症状だった。
昨日からなんとなく頭が痛く身体が重いように感じていたけれど、寝たら治ると思っていたのに。目が覚めたらもうすでに熱は高く起き上がることもままならなかった。
私を起こしにきた世話係のモネがそれに気付き、報告を受けたドフィから医者が来るまで寝ておけと言い渡されしまった。久々の休日だからと会社の同期と遊びに行く約束をしていた私は、行けなくなったことを伝えるため緩慢な動きでスマホを手に取った。



日本でも有数の大手企業の1つであるドンキホーテ社はITや製造を主に取り扱っている会社だが、その実代表取締役をはじめとする幹部は全員ヤクザ者というかなりダークな会社である。もちろんこの事実は内部でも上層部、つまりヤクザ本人達しか知るものはいない。例に漏れず社長付き秘書のモネもその一家の1人で、ドンキホーテ社代表取締役、そして現頭であるドフラミンゴの血の繋がっていない娘名前の世話係である。
ドフラミンゴは忠実な部下に育て上げるためしばしば孤児を引き取っては教育しており、今の幹部も年齢はバラバラだがほぼ同じ生い立ちを持つ。その中でも名前は一際容姿に優れており、歳も皆より下だったため立場的に良かろうと養子という形で引き取られた。
蝶よ花よと育てられつつ、しっかりと“ヤクザの娘”としての施しも受けた今では主に諜報活動を行う立派なお嬢に育った。



そんな私には同じ頃に引き取られた幼なじみがいる。名前はトラファルガーロー。彼は教育は受けたものの幹部にはならず、持ち前の頭の良さから医学の道へ進み医者となった。天才だなんだとその道で持て囃されたそうだが根っこはやはりヤクザ者。今では闇医者として裏でその名を轟かせ、気に入らない奴は手術に見せかけて殺してしまうとかいう噂から死の外科医だなんて呼ばれてる、そんな幼なじみ。
ドフィが医者を呼ぶと言えばそいつしかいないので、別に着替えなくてもいいかと寝巻きのまま怠い身体を休めていた。


「…よォ、風邪っぴき」

「…女の子の部屋に入るんだから、ノックくらいしなさいよね…」

唐突にガチャリと部屋のドアを開けて入ってきたローを睨む。こいつ1回も私の部屋の扉をノックしたことないんだけど。

「馬鹿は風邪ひかねェはずなのにな」

「あっそ。じゃあ私が馬鹿じゃないってことが証明されま…っごほ、」

イラッとして早口で話したのが負担だったのか、勢いよく咳き込む私の背中を医者らしくさすってくれる。

「名前、水飲め」

「…ん、」

飲んだら喉見せろ。
空になったコップを渡して大人しく口を開けばテキパキと診察を始めるローに身を任せた。刺青の入った手は聴診器よりも銃の方が様になりそうだが、正真正銘腕のいい医者であるのだから素直に従おう。

「…喉が腫れてる以外は特に異常なし。ただの風邪だ」

「ん、ありがと」

「ああ…食欲はあるか?」

「ちょっとなら食べられそう」

「そうか。なら薬飲んどきゃ長引かずに治るだろ。あとでモネに何か持ってくるよう言っておく」

道具を片付け薬を出しながらそう診断を伝えるロー。その後ろ姿をジッと見つめていれば、不意に酷い隈を携えた瞳がこちらを向いた。

「なんだ。何か欲しいモノがあるのか」

「………わかってるくせに、けち」


ローはにやりと笑い、布団を口まで引き上げて拗ねる私の髪を優しく梳く。


「くくっ、…会うのは2か月ぶりか?」

「そうだよ…!しかもあの時は急患だとかですぐに帰ったじゃん!」


実は付き合ってから長いこの彼氏とはなかなか会うのが難しい。特に今は私も諜報活動のため潜入を行っているし、ローはいつも裏社会の患者に捕まっているためなかなか時間が合わせられなかった。
だから2か月前のデートも本当に楽しみにしていたのに。

「…拗ねんな」

「何よ…どうせどっかの女でも引っかけてたんでしょ」

「くだらなねェ心配すんな。そんな暇ねェよ」

「どうだか…患者の女から迫られてんの知ってんだからね」

私の情報網舐めんなよ。

「別に俺からは何もしていないんだが」

「言い寄られてる時点で隙がある」

「…俺にはお前しかいないって、わかっているだろ?名前」

優しく諭すローの声に、ただでさえ熱で緩くなっていた涙腺がとうとう耐えられず涙がこぼれた。
わかってる。彼が私を裏切ることなんかないって。
でも、それでも、

「……不安なんだもん…」

ちゃんと顔を合わせて、手を握って、好きだと伝えてもらわなければ会えない時間が私をダメにしてしまう。

「今日は一日一緒にいられる。だから泣くな」

…好きだ。

そう言って静かにキスをくれるローの服の裾をキュッと握る。どこにも逃げていかないように。私のそばから離れないように。







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