好きで『す』




テレビではオカルトが飛び交っている。
全国放送の画面では夏にうってつけな『恐怖!宇宙人の真実』なんて文言がデカデカと映し出されていた。
有識者たちが意気揚々と知識を披露しているが、所詮それは机上の空論であった。

空を走る光なんてものは五条悟が帳をおろし忘れた状態で蒼を放ったせいだし、空飛ぶ宇宙人はまたもや五条悟の話である。
非術師から見ればそれは摩訶不思議な出来事であっても、呪術師が一目見れば誰かなんて一瞬で理解出来てしまう。
傑と私がそれをテレビで見て飛び跳ね、夜蛾センに急いで報告すれば悟の呼び出しは免れない。

「……イエメン共和国」
「クック諸島」

『う』の付く国名を必死に考えながら傑としりとりをするのはあまりに悟がお説教タイムから帰って来ないからだ。
悟の痛みを訴える悲鳴はかれこれ38分前のこと。どうやら今回ばかりは夜蛾センの怒りの残暑が厳しいようだ。
致し方なし。

「ウズベキスタン共和国」
「……かなたさっきから共和国ばかりじゃないか。『く』縛り厳しいんだけど」
「私の知識が火を噴くって言ってたじゃん」
「そもそも国が無ければ噴く火もないんだよ」

お団子頭が暑いのか、髪を解いて下敷きで頭を扇ぐ傑。その上半身はシャツを乱し、下に着ている黒のタンクトップが丸見えだ。

「ウクライナ」
「ナミビア共和国」
「共和国無しって言ったじゃん!」
「じゃあ『あ』でいいよ」
「アンティグア・バーブーダ」
「なにそれ知らん」

どこかで言うためにとっておいたとっておきの国名を放つと、傑が文句を言いながら可笑しいと笑い出す。あまり見ない傑の爆笑は貴重だ。思わず緩む口角を手で隠すと、じんわり手汗の滲んだ手が熱い。

「タイ」
「イスラエル」
「ルクセンブルク」
「クウェート」
「なんでそんなに国名に詳しいんだい」
「世界ふしぎ発見で鍛えた」
「君本当にそれ好きだよね」

傑はうーんと背中を伸ばしながら、『と』かぁ……と考えている。
傑としりとりをすることは多い。
というより、悟が怒られていると自然と私たちは残されてしまう。硝子は独自で動いていることも多いので、私たちはお留守番だ。
すると自然にちょっとした待ち時間として2人でしりとりをすることが多くなった。
世界ふしぎ発見で鍛えたのは本当だが、傑としりとりをする時のための準備というのが正確だ。

「トリニダード・トバゴ」
「コートジボワール」
「ルピュイアンブレー」
「レバノン……あ」

ミスった、と思わず言葉が詰まる。
平然としていれば、傑のことだから『ンジャメナ』とか言って続けてくれたかもしれない。しかし、私の明らかな敗北の姿勢に傑の笑みは深まった。

「はーい、かなた罰ゲームね」
「くそー、何でも来い!」

そう顔を上げた瞬間に柔らかくて温かいものが唇に触れた。傑の顔があまりに近くてぼやける。

あ、キスされてる。

と、ゆっくり理解出来るくらいの時間触れ続ける唇。2度ほど傑の唇は私の唇をはむはむと啄む。唇の裏側の唾液が僅かに混ざった。

「次は『す』で終わる言葉にしてよ。そしたら告白するから」

そう言って離れていったただの同級生を、私は恋人にするべく辞書をひっくり返した。





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