SISTAR



世界で1番素敵な人は私の姉と歩いている。

姉は昔から変わっていて、ついには東京呪術高等専門学校とかいう宗教系の高校へ進学した。中卒よりはマシだろうと両親も興味を示さない。机の上に置かれた薄い学校案内は開かれずにゴミ箱へ直行。
中学受験をして、高校も私立の進学校に進んだ私とは全く違う。姉のことを、とうとう終わったな、と遠くから眺めるだけだった私だった。しかし、ある日見た。

高い身長に厚い身体、揺れる長髪に大きなピアス。キリッとした眉の下には涼やかな黒い瞳が鋭い光を反射させていた。学ランの詰襟から覗く太い首には筋肉が隆起している。
瞬間、胸が踊った。口を手で覆う。
思わず、溢れる感情を抑えようと口に強く手を当てた。そうでなければ今すぐに一目惚れです、と。好きの2文字を伝えようとしてしまうところだった。いや、伝えてもいいだろうかと口元と胸元を手が迷い始めた時である。

彼の向こう側から姉の姿が見えた。
身長差をものともせず、姉は頬を赤くさせながら大きな手に触れて腕を組んでいた。
途端に身体の力は抜け、腕はだらりと垂れる。ことが理解できない。もう一度見れば、いかにも「仲のいいカップル」といった様相だ。瞬間、頭が全てそれに侵食されるような激しい怒りにわなないた。甘いとろりとした感情が別の感情で沸騰して奥歯を噛み締める。

出来損ないのくせに。
大した特技もないくせに。
私に劣っているくせに。

ぐつぐつと湧き上がる怒りをよそに、2人は笑いながら道を進んでいく。
季節は冬。雪の降らないような地域でも、風は冷たく、人は防寒をしながら身を寄せている。2人も腕を組み、姉は素敵な人に身を寄せている。

震える手のままに姉の首を掴んで締め上げてやりたい。そう思った瞬間、自然と足は一歩を踏み出していた。歩道の隅に溜まった枯葉はからからと風に巻き上げられ、私に踏み潰されている。

「……お姉ちゃん!」

久しく口にしていなかった呼称を口から出すと、姉はその間抜け顔のまま振り向いた。僅かに色付いた唇がぷっくり膨れていることに殊更、腸が煮えくり返る。高校に進学して家を出ていくまで、姉は妄言が多いただの変人だった。だのに化粧までして生意気極まりないのだ。

「珱美」
「友達かい?」
「ううん、妹」

2人は足を止めた。瞬間、素敵な人はその鋭い瞳に私を映した。怒りの萎む音と、同時に視界に入る姉への激情で身体中が忙しなく動いている。私の紹介だけしたら姉は消えてくれと願うが、消えることは無い。2人の腕はかたく繋がっている。

「お姉ちゃん、久しぶりだね。その人は?」
「あー……」

すかさず素敵な人を見る。姉はその人に顔で何かを訴え、その人は軽く頷いた。アイコンタクトだ。いちいち癇に障る。

「彼氏の夏油傑です。よろしく」
「なんで?」

夏油さんが話し終えたか終えていないかくらいのタイミングで言葉が飛び出した。姉への恨み言より先に出たのが疑問だったのは、私自身不思議だった。私のその勢いに姉は少し俯いた。姉は自覚があるのだ。

「なんでって、私がかなたを好きだからだよ。他に理由はない」
「でも変人じゃないですか。気持ち悪いものが見えるって言ったり、突然そこは危ないとか言い出すし。スピリチュアル?とか言い出すやばい女なんですよ。知ってました?」

姉の幼少期からの妄言に私は随分恥ずかしい思いをしたものだった。
「珱美ちゃんのお姉ちゃんって変だよね」
と言われて育った私の身を両親は案じてくれていた。それは恥ずかしい姉をもつ私の当然の特権だった。姉の話は聞かない。何か決める時は私の意見が採用される。

姉はと言えば、妄言で周りがチヤホヤしてくれるわけではないと気付いてからは専ら家に篭もるようになった。暗く、無口でつまらない女なのだ。そのくせ構ってちゃんで、姉が家を出ていくまで定期的に「危ないから×××には行かないで」などと言われたものだった。私はそれが嫌でたまらなかった。

「普通にヤバくて怖いんですよ。お姉ちゃんは、やめておいた方がいいです。夏油さんみたいに素敵ならもっといい人いますよ!」

たとえば私とか、とまでは言わなかった。
私の口から漏れる嫌悪感を隠していない言葉は、するりするりと出る。大体ここまで伝えておけば姉は振られて、そしてフリーになった夏油さんと私が運命になるのだ。

そう思ったのに、なぜか夏油さんは眉間にこれでもかと皺を寄せて私を睨みつけていた。その気迫に思わず一歩後退りする。

「それで?言いたいことは終わりかい」
「え、あの」
「家族でも全くかなたのことを理解していないことはよく分かったよ。二度と私たちに関わらないでくれ」

夏油さんはゆっくりと怒気の含んだ低音で言い放つと、俯いている姉の肩を抱いて足早に立ち去ろうとする。思わず「待って!」と声を掛けたが、なぜ夏油さんが怒っているのか分からない。
姉の妄言癖を知った上で付き合っているはずがないのだ。

私の声で夏油さんは再度足を止めて、顔だけで振り返った。その瞳は冷たい。痛いくらい冷たい風が私と夏油さんの間を駆けている。

「……これ以上かなたを悪く言うなら、たとえかなたの家族でも容赦しない。あと、私も見えるんだ、その気持ち悪いやつがね。君にとってのスピリチュアルってやつ」

ピタリと怒りやら夏油さんに対する熱情であったりが全て停止した。内蔵すらその機能がゆっくりと緩慢になっていくのを感じた。
ずっと胸元で握り締めていた拳がだらんと下がる。

姉は「待って傑!」と口にしながら、夏油さんにぐいぐいと引っ張られていった。
遠ざかる背中は仲睦まじく、言ってしまえば私の行為は逆に2人の仲を強める小さな障害になったに違いない。馬鹿は私だ。

ぽかんと1分近く呆けた私は、ダッフルコートのポケットからガラケーを取り出した。メールの画面にゲトウスグルと打ち込んで、その場を離れる。風は勢いを増していた。


絶対にあの男が欲しい。




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