最期の言葉です




あーあー、映ってるかな。
……うん、撮れてるみたいだ。
よし。

カメラを設置して動画を撮るなんて初めてなんだ。編集方法もよく知らない。
だから見づらくても我慢してくれ。

えーっと、何から話そうか。
そうだなぁ、まずは
彼女が死んだときのことを話そうか。
うん、それがいい。

彼女は目の前で死んだよ。
心臓を一刺しでね。それがもう上手いこと心臓にグサリといったようだった。
スローモーションだったね。
ゆっくり引き抜かれた箇所から血が溢れた。
スプリンクラーってあるだろ。
あれみたいにさ、こう、プシャッと血が飛び散ったんだ。

私はとにかく崩れ落ちる彼女を受け止めた。
頭をぶつけると危ないからね。
彼女のがくりと重さに耐えられない様子の頭を支えて座り込んだ。
ごぼごぼって音がした。
彼女の口の中に血が溜まってまともに話せないみたいだった。

想像出来るかい?
彼女は妊婦で産婦人科の帰りだった。
車が危ないから私が手前を歩いていたんだ。
あ、って声を漏らした彼女を振り向いた。
そしたらさ、そんなことになって。

……彼女の髪の色とか肌の色との対比でやたら血の色が赤くて、なんだか目が痛かったな。その日は天気もよくて。帰ったらお昼ご飯を持って公園にでも行こうか、なんて話してたんだ。彼女の作るサンドイッチは絶品で……まぁ、それを知っているのは私だけなんだけど。

あれ?何の話をしていたっけ。
……ああ、そうそう。刺された後ね。
犯人は見えたよ、一瞬ね。
だけどさ、彼女がごぼごぼしながら一生懸命何か言おうとするんだ。
もちろん、そっちを優先した。

彼女は嫉妬深いというか、私が悟や任務の話ばかりすると拗ねるんだ。そこが可愛くてわざと言ったりしてたんだけど、それのせいで水族館のど真ん中で喧嘩したこともあるな。

まぁ、とにかくそんな彼女が懸命に何か話そうとしてる。
何度も何度も彼女の口に口をつけて血を吸い出した。6回くらいはしたのかな。
血の味なんて覚えてないよ。
これでも必死だったんだ。
でも言葉を出そうとする彼女の口の動きも全部緩やかになっていったよ。
てらてら光る血の上をさ、涙の筋が出来てね。冷たくなっていくんだ。
死体って冷たくなるけど、そんなに急速に冷えたりしない。
でも、彼女体温が高くて。
子供体温って言うんだっけ。
合ってたかな。
まぁ、いいか。とにかく彼女は体温が高いから少しでも温度が下がるとよく分かるんだ。

だから、死んだ瞬間はよく分かったよ。
ピクリとも動かなくなってね。

……婚約者に向ける最期の言葉って、映画とかドラマとか小説でも色々あるだろ。
でもね、彼女にそれはなかった。
最期に聞こえたのは乾いた空気だったよ。

犯人は悟が捕まえたんだったかな。

いやーこれが笑えるんだ。
犯人は、つい先日任務で助けたばかりのお爺さんだったんだよ。
非術師!しかも助けてホヤホヤの奴。
思わずマジかーと思った。でも、何も言えなかった。彼女の最期みたいに口をパクパクするのに精一杯さ。
鯉みたいにさ。

鯉といえば、彼女とよく行く公園に池があって、そこに鯉がいるんだ。
一尾だけやたら食いしん坊な奴がいて、置いてある100円の餌を独り占めしようとするんだ。そいつに取られないように全部の鯉に餌をやろうと懸命な彼女が可愛かったなぁ。

そんな懸命な彼女はもちろん任務でも懸命だ。刺された理由?さあ?
お爺さんの奥さんが確か死んでたはずだから、まぁただの八つ当たりなんだと思うよ。
感情のはけ口ってやつさ。
やっぱりそういうものは必要なんだろうね。
出すのも飲み込むのも苦いものだけど。

飲み込むと言えば、悟はかなたの遺骨を探していたね。あれ、私が食べちゃったよ。
意地悪したかったわけじゃないんだ。
悪いね。でもすぐ隣の私の胃袋の中にあるのを流石の悟でも分からないものだなーってちょっと面白くてね。一緒に探すフリをしてしまったなー。ま、友人のちょっとした嘘は許せよな。

君、この前に私が彼女と吐いたエイプリルフールの嘘を掘り返してきただろ。
ああいうのはやめたほうがいい。
嫌われるよ?

……あー……まぁ、悟は大丈夫か。
なんだかんだ過去のことを掘り返してしまうのは私の方だしね。
許せないものは許せないし。

……ここから本題に入る。
私はこの世界が嫌いだ。
非術師が蔓延ってデカい顔する世界が嫌いだ。私が一時期病んだことがあっただろ。
あれだって、彼女がいたから何とかなった。
でも、もう彼女はいない。
理不尽に奪われたんだ。
理不尽にだぞ!!
あんな死に方あるか!!!
くそ!!!くそ!!!!
痛かったはずだ!!!!!
最期に何も言えずに助けた人間に八つ当たりで殺されたんだぞ!!!!!

……悪いけど、私はもうここまでだ。
もう少し若ければ非術師全員殺す、とか考えたんだろうけどね。
私もそこまでのものはない。
私の心は彼女が持って逝ってしまったから。

さようなら。呪術師のみんな、悟、硝子。
少し部屋を汚すけど許してくれ。
いや、許すも許さないも君たちの勝手だ。
もう。

もう、どうでもいいんだ。

さようなら。



……あー、どこだ……。
切るのこれかな?
よいしょ、あ、こっちか。


ブヅッと鈍い音で切れた6分13秒の映像。
途中取り乱すことはあっても、比較的穏やかそうな顔をした夏油傑は死んだ彼女の遺影を抱き締めながら映像越しにこちらを見つめていた。その手は震えていた。
きっと、最期にありがとうもごめんも、愛してるも何も言えなかった彼女の代わりに言葉を残していったのだろう。

彼女を亡くしてから途端に全てを持っていかれたかのように傑は痩せ始めた。
服は緩くなり、頬は痩けて、目の視点が合わなくなった。
それを見て、高専時代を思い出した。
黙って一緒に映像を見ていた硝子も、学長も同じだったと思う。
しかし、その時より遥かにからっ風に吹かれる枯れた小枝のようになっていた。

どうしようもない。
世の中はどうしようもないことだらけだ。
やれる努力はするが、それだけで何でも解決する世界ではない。

60インチの四角が真っ黒に塗り潰されても僕含めて3人とも何も言わない。
僕がテレビを消す。
そうして初めて動き出した。
硝子は頭を掻きながら医務室の方へ消えて、学長は僕の右肩を叩いて外へ出ていく。

僕は夏油傑が部屋を赤く染めた理由を再度考えて納得した。
あいつの最期は自分の呪霊に身体を喰わせるというものだった。
連絡が取れない傑の部屋を尋ねた僕は、頭と下半身が分かれた肉体に出会った。
残穢は傑の術式だった。

高専時代に道を違えるか、
それとも未来でこうして彼女の後追いで内臓ぶちまけるのか。

結局のところ、僕がアイツにしてやれることはなかったんだろう。
出来ることなんて、傑とかなたの遺影を並べてやることくらいだ。

そういえば、かなたの遺骨を食べた傑の遺骨を食べた僕はかなたとはどうなるんだろうか。

寝取りみたいにならなきゃいいんだけど。








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