死んだロックスター


昔追い掛けてたインディーズバンドはデビューしてから聞いてない。憎しみと卑屈に満ちたあの声は、今は愛を歌っているのだと、煙たい喫煙所の隅で同級生である夏油傑の口から聞いた。媚びてるみたいで気持ち悪いね、とぼやいたのは私だったか傑だったのか。煙たい場所ではよく分からない。

もくりもくりと白煙に包まれる地方駅の喫煙所には競馬新聞と睨めっこする中年男性と私たちしかいない。寒さは薄手のコートで事足りるようになり、場所によっては早咲きの桜が咲き始める2月半ば入りかけ。よりによって傑の誕生日の夜、2月3日から私たち2人で地方都市の出張に出ている。ホテルからほど近く、更に陽の当たる喫煙所で待機することは若干こなれてきていた。地方の補助監督は動きが鈍い。呪霊が少ないからだろうか。

「いるよね、売れたら歌詞が丸くなるやつ」
「お前のアイデンティティーどこいった?ってなるやつね」

くくくっ、と笑う傑の口先で上下に揺れる煙草の火がジリジリと命を燃やしていく。次第にタール数が増えた煙草は海外から買い付けるようになり、すっかり私たち2人の共有物と化していた。10代の頃に悪いことをしちゃおうと始めた飲酒も煙草も、すっかり合法になってしまった。くゆる煙を吐き出しながら私たちは今日も毒素を身体に溜め込んでいる。まだ20代といえば若いだの青いだの言う者もいるが、消費社会の呪術師の中ではしっかりとした中堅以上である。

ブーブーと鳴り続けるスマホの画面を見つめる傑の目元には底なし沼のような隈が居座っていた。

「出ないの」
「んー、悟だし。いいか」

いいのか、それは。と思いつつ、まあいいかと次の煙草に指を掛ける。

ちらりと足元に影が伸びた。喫煙所のガラス戸の前を不思議そうな顔で子どもが覗いていた。あんまり見るものじゃないぞ、と手をひらりと振れば振り返されてしまった。もう一度しても子どもは上機嫌に手を振り返してしまうので、ついに困って喫煙所の扉を開ける。君、と声を掛けようとしたが扉から溢れ出した煙に当てられ、子どもはうわー!と叫びながら走り去った。暖かくなってきたとは言え、コートなしで半ズボンの男の子はゆっくり遠ざかっていく。

仕方なく喫煙所に戻り、煙草に火をつけた。

「子どもは可愛いね」
「私たちもこういう時代あったんですよ」
「え、あったのかい?」
「失礼って言葉知ってる?」
「ジャパニーズサムライが斬る時に言うやつだろ」
「それ切り捨て御免な」

そうだったっけ?と傑は煙草を吹かしながら、結局スマホで何やら文字を打っていた。どうせ悟に連絡を取っているのだろう。どうにも律儀さは抜けないようだ。

指先の火の温度を感じながら、背後で新聞を捲る音がしているだけの静かな空間。扉の向こうには眩いばかりの青空が広がっている。ぼんやりと見つめる雲は駆けるように早く流れ、陽光はそれに合わせてチカチカと光った。

「あー、死にたい」

気付いたら、そう呟いていた。

特別憂鬱なわけではないが、それでも真綿に包まれて締められるような日常に、やや疲れてしまった。傑はスマホから顔を上げて私を見ている。

「……次世代のカート・コバーン?」
「ニルヴァーナは良かったよなあ」

好きなアルバムのジャケットが脳内に浮かび上がる中、私たちが死んでも何にも残らないよ、と傑は煙と共に吐き出した。

それはそうだ。
私たちはまるで公安警察かのように、死んだところで実家の家族に正しい死は伝わらない。身体もろくに見せられないだろう。気付いたら灰になって、運が良ければ墓に納まるだけの命だ。ロックスターとは違う。

だからこそ、こうやって死にたくなる。
全て店仕舞いだと追い返せてしまえばいいのだろうが、そうは問屋が卸さない。
あーだのうーだの、文句を言いたくて仕方ない私の顎に手が伸びた。ゴツゴツとした大きな右手。強制的に左側に向いた顔面の目の前。ほんの5cmほど前にはぼやけた傑の顔がある。

「一緒に死ぬかい?」
「……今日の夕飯焼肉だからやっぱやめとく」

そっか、と傑の顔が遠ざかる。掴まれた顎もすぐに解放されて、じんじんと掴まれた跡が鈍く痛んだ。ちんけな歌詞より焼肉だなんて君らしいと笑う傑に、少しだけ、ほんの少しだけ煙が目にしみた。

「タワレコに寄って帰ろう」

死んだロックスターの歌詞より君の笑顔がしみるよ。




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