私の神様




母親が嫌いだった。
にこにこと貼り付けた笑顔でぺこぺこと頭を下げる。外面しか気にしていないその様子が、一等嫌いだった。

───────盤星教。そこが母親と私が身を置いている場所だ。父親が自殺をしてから荒れた生活は、宗教という偶像に縋ることで崖っぷちの平穏を保っている。元々会社の役員を務めていた父親は業績の悪化の責任を問われ自殺したらしい。裕福な生活を手放せなかった母親は金が減る度に半狂乱になり、とうとう1年半前のこと。私が小学校にあがるその年にどっぷりと宗教にハマった。

笑顔は貼り付けた顔になり、同じ信者や教祖に頭を下げ続ける生活へと変わった。ただでさえ働き口のない我が家の物は金へと換金され、それは宗教団体へと納金される。ランドセルも買ってもらえず、教科書は周りに見せてもらうという惨めな私を母親は笑顔で眺めていた。気持ち悪い。気持ち悪い女だ。



「君は猿共とは違うね。賢い良い子だ」

とある秋。その日は信者たちが集められていた。大人たちは顔面蒼白の状態だったが、それと同時に恍惚の表情も見せる者もいた。それは教祖様の首が夏油様に変わった日のこと。その日も私はボロ布のような服に身を包み、母親に襟を掴まれながら教団の建物の中にいた。ぐちゃりと肉の潰れる音がした後に、その新しい教祖様は私に声を掛けたのだ。長い黒髪にお坊さんが着るような服。母親とはまた違う貼り付けた笑顔を晒している。

周りは恐れ多いとすぐに頭を下げたけども、私は意味が分からず首を捻ることしかしなかった。直前まで別の人と話していた母親がその様子を見てとんできた。ぐい、と強く服をひかれる。教祖様の顔を見上げていた私の頭をぐちゃりと乱雑に掴み、そのまま床に叩き付けた。ごん、と低くて鈍い音が響く。そしてそのまま床にぐりぐりと頭を押し付けられる。痛い。見えてはいないけど、どうせまたあの貼り付けた笑顔で頭を下げているんだろう。

「あーあー、良いから。猿は猿なんだ。私を敬おうとする意思が少しでもあるのなら。私が怖いなら消えろ」

大人たちが息を飲んだ。ピリリとした空気を肌に感じる。さっき園田のおじさんがされたように、グシャッとされるのを怖がっているのかもしれない。
母親が震えた手で私の腕を変な方向に捻る。私が思わず痛い!と声を上げる。
しかし次の瞬間、頭上を風が切る音がした。
解放された頭と腕は未だじわじわと痛む。

「顔を上げてごらん」

優しい声。顔を上げると人の群れは大きく開き、周りはこちらを注視していた。周囲を見渡す。母親は大きく目を開きながら数メートル先にいた。そして少しずつ、頭の先から血が溢れてきていた。当の私はというと、赤いなー、程度にしか思わなかった。それよりも頭と腕が痛かったのだ。夏油様の笑顔はさっきまでの貼り付けたものとは違っている。そんな気がした。私と同じくらいの女の子2人が夏油様の袈裟の裾を掴んでいる。目が合った。

「君、名前は?」
「……月島かなた、です」
「そうかそうか、安心していいよかなた。今日から君と私は家族だからね」

君にはこれが見えているんだろう?
夏油様が言う。これ、とは。


昔から私は周りが見えていないものが見えていた。なんとなくそれは言わない方が良いんだろうと悟った私は口にしないようにしてきたが、それと同時に父親や母親が自分と違う生き物のように感じていた。

父親が死んだその日。家の中に醜い姿を見た。愚痴ばかりもらす、そして謝罪を繰り返す大量の口に巨大な目。じゃがいもが連なったかのようなボコボコとした身体には乱雑に毛が生え、背中には巨大な背骨が浮いていた。姿に見慣れたとは言え、吐瀉物のような臭いを撒き散らすソイツは私に擦り寄ってきた。私は人よりも化け物に好かれるタチだった。


夏油様の背後にいたソレが私に近付いてくる。恐怖心はなかった。手を伸ばす。決して可愛くはないそれは私の手に擦り寄り、大量にある目を細めた。その様子を見た夏油様は驚いたように目を見開いた後、大きな声で笑い始めた。

「素晴らしい!」

その声で周囲が拍手の波を起こした。もう母親はどうでも良くなっていた。身体が熱く、熱に揉まれる。認められたのだ、私は。
きっと母親がぺこぺこと頭を下げていたのは私を否定したかったからだった。私は口にしていなくても、目で別の何かを追う私を母親は侮蔑の目で私を見ていたのだ。周囲とは違う私を。もしかしたら母親は私を周りから守りたかったのかもしれないし、その逆の可能性もあった。でももういい。

そう思った瞬間、私の手に擦り寄っていたソレが大きく動いた。意外にもそれは俊敏で、その動きに合わせて頭を動かした。ばくん、そんな効果音が合っていたと思う。
しゅるりと母親の前にまで進んだソレは母親を見事に飲み込んだのだ。

それが私の力なのだと後から夏油様は付け加えた。母親を丸呑みにしたソレは私の元に戻ってきて、褒めて褒めてと言いたげに擦り寄ってきた。頭と思しき場所を撫でる。再び細められた目を見て、私は笑いが込み上げてきたのだった。笑いが止まらない。止まらない。喉がヒューヒューと音を立てて、呼吸困難になるまでお腹を抱えて笑った。
そして甘い言葉が降ってきた。

「おいで」

私は迷わずその手を取った。




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