生命の海



小エビちゃんの世界の海は、もう何年もすれば死んでしまうらしい。

アズールは馬鹿げていると怒って、
ジェイドはそんなこともあるんですねぇといつもの調子で笑った。
オレはといえば、あの美しい故郷が死ぬとはどういう感じなのだろうと想像していた。

生命を噴き出して遊び場にもなる珊瑚たち。
踊りまわる小魚を眺めるオレたちに響く生命の音。大きな波は生命を運んで、流して、生み出しては奪って巡るサイクルの中で楽しく遊ぶ。ジェイドと育った海。アズールと出会った海。どれだけラウンジの水槽を眺めていたって手に入らない自由がそこにはあって、それが死に絶えるというのがどういうことなのか。

「んー、つまんなくなぁい?」
「何がですか、先輩」

あと重いです!と文句を垂れる小エビちゃんの頭の上に頭を乗せながら、再び考える。家がない。遊び場がない。
そんなのつまらないじゃないか。

「小エビちゃんの世界の海、死んじゃうんでしょお?」
「まぁ、そう言われてましたね」
「そんなつまらない世界の何がいいのさ」

小エビちゃんは明言しないけど、自分の世界に戻ろうとしているのはカレッジの皆が知ってる。ハプニングが巡り巡って日々が過ぎていく中で、よくもそんな世界に戻ろうと思うものだと。オレは純粋に理解出来ない。ジェイドだってアズールだって、オレだっていて、ここには海があって多くのプランクトンを食べて生きていける。空はきっとどちらの世界にもあるけど、泳げないなら意味は無い。

小エビちゃんはうーんと悩んでから、そっと右手をラウンジの天井に掲げた。小エビちゃんの手に水槽から反射した水面の光が映る。ソファーやテーブルを通って小エビちゃんに集まる光。数は多くないけど、それでも小エビちゃんはそれを握り締めた。

「つまらなくても何でも。家に帰る、って思わなくなったら私が私じゃなくなる気がするんですよ」

“私”が“私”じゃなくなったらナニになんの?

海の藻屑にでもなる?
それとも人魚みたいに水泡になる?

でもきっと小エビちゃんは人魚じゃないから、人間のままだと思うよ。

真っ赤に死んだ波打ち際を細い足で歩く。
死に浸かる足でゆっくり前を歩く彼女の背に手を伸ばす。きっと手は届かないから、思い切り顎を伸ばそう。自慢の歯を輝かそう。
そしてその歯で思い切り、その脚を噛みちぎってしまおう。

「先輩」
「……なぁに」
「先輩は死んだ海でも泳げますかね」

小エビちゃんの瞳に溜まる海水を、死ぬまで集め続けたら海にもなるかもね。
そしたらオレも泳げるかもね。

そしたらきっと。
きっと。





「泣かないの、小エビちゃん」

この世界で泣いたって仕方ないでしょ。




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -