罪と罰






「ホテルを出たらさ、少し走らないかい」

そう言って夏油はセブンスターと書かれたソフトパックを覗き込む。そんな彼の身体は未だに情事後の熱を孕んでおり、脚は私の身体に絡みついていた。
収縮する子宮の温度はなかなか下がらない。
タバコに火をつける大きな手に握られた百均のライター。横から見つめる彼の輪郭は到底10代には見えなかった。

「夏油って老け顔だよね」
「よーし、走るの決定」
「なんで!やだよ!」

空いている左手が私の頭をぐりぐりと枕に押し付けた。苦しい苦しいと暴れ出す私を見て夏油が笑う。笑うと途端に少年に戻る夏油が好きだ。

愛液と精液の匂いにタバコが混ざる。
くゆるタバコ。その一本がじわりじわりと侵食して、灰になったらキスをする。
ぐちゃぐちゃになったベッドシーツを適当に剥がして床へ放った。

泣いて挿入を懇願するまで前戯をやめない執拗な愛撫が夏油のセックスの特徴だった。
優しくて激しい指使いと舌が無垢な私を女にする。挿入した後は、それはもう言う必要もない。孕みたくて仕方ないと言わんばかりに降りてくる子宮口がその証だ。

まだホテルの残り時間はあったが、早朝の人が少ない時間帯にホテルを出る。
ポイントカードのスタンプはあと1回で料金が50%割引になることを知らせていた。スタンプの数だけ繰り返されたセックスに2人して思わず無言になる。
無言を破ったのは2人の笑い声。
腕を絡めて笑い、足をもつれさせながらホテル街を出て行った。

山手通りに沿って2人で走る。空になったセブンスターはくちゃりと握り潰されて空き缶が詰まったゴミ箱へと放り投げられた。
大人より体力が有り余った10代の私たちはセックスして、セックスして、そして山手通りのおよそ19kmを爆走していた。
時折すれ違うよれよれのサラリーマンが私たちを見て目を見開く。ゾンビが歩き回る夜と朝の境目に似つかわしくない私たちは行き場を探して走り回っていた。



ジジッと安い蛍光灯が鳴いた。
頼んでもいないのに大人になり、ラブホテルをどれだけ使おうと怒られる年齢ではなくなっていた。
隣で寝る老け顔がいなくなってから、吸い方も知らないセブンスターを無意味に買って回る18の私はもう死んだ。
すっかりタバコに汚された私の肺は真っ黒。
くゆるセブンスターが蛍光灯の先にまで届く。

夏油が高専2年の夏から様子を変えていたのは知っていた。セックスの時に穿つ腰の動きが変わっていた。指先も舌も、漏らす吐息も真っ黒な瞳も今までとは違う。
何を言っても変わらなさそうな芯の太すぎる男は私の知らないところであっさりと変わってしまった。

呪術師が辛い立場なのは今更だ。
仲間を当然のように亡くし、悲しむ隙さえ与えてくれない世界だと知っていた。
しかし、それだけではないことも知っていたはずだった。
夏油はその優しく誠実な性格ゆえに、私たちが進む血の道の先を憂いてしまった。
セックスの時でさえ、その血は夏油の目を覆ってしまう。

未来なんて分からない。
だからこそ目の前にいる私を見て欲しかった。何度愛してるを呟いても届かない。
夏油は非術師を、親までも殺して姿を消した。新宿に顔を出したらしい夏油は硝子と悟に言葉を残し、私の前には現れなかった。

私の望みなど、彼にはどうでもよかった。


高専内での緊急招集。

「お集まりの皆々様!!耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!!」

誰もが苦々しい顔をする。
あの七海でさえ、何とも言えない顔で夏油を見ていた。
ちらり、と私を確認する情を一切持ち合わせていない夏油は大声で宣戦布告を成し遂げる。
始まるというより、終わる宣言であった。

立ち塞がる五条は怒ったような声音を滲ませながら、それでも何も出来なかった。
それを咎める人間はいない。
生徒の周りに夏油の手持ちの呪霊がいようと、五条なら一瞬でどうにか出来たはず。
それでも、それを誰も指摘しないことに夏油傑という残り香が高専に強く漂い続けていることは明らかだ。

刹那、ほんの0.001秒でも私を見てくれないかと願った愚かな女は喫煙所で蜘蛛の糸を切った。どこまでもくゆるセブンスターが縄になってそのまま絞め殺してくれればいいのにと思わずにはいられない。
夏油と過ごした寮の部屋にはもう何年も入っていない。ラブホとはまた違う思い出に敷き詰められたその部屋は足の踏み場がない。
少しでも踏めば、飲み込まれるに違いなかった。
今後人生が5000年続いたって塗り替えられないような最悪なクリスマスが始まる。


冬特有の温度をもって白む息にタバコの煙が混ざる。
並ぶことのない影が山手通りを孤独に漂う。
あの日のように放り投げたソフトパックはゴミ箱を外れて暗闇に落ちて消えた。







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