ずっと濡れた空




「そっと重ねた手 壁みたい 皮膚と皮膚
きっと分かりあえない だから」
「雨に唄えば?」
「当たり

ダッシュボードから流れる古い名曲のメロディーに言葉を重ねると、悟は口元だけで笑ってハンドルを切った。雨の日になると思い出すよね、と言うと悟は分かると言うけれど、その本心は全く分からない。
なんなら悟の口から音楽が漏れているのを聞いたことがない。
本心の分からない感傷的なメロディーを変えようとツマミを回す。ザザッという音でラジオのチャンネルが変わる。ニュース、ニュース、野球、サッカー。どれにも興味がそそられなくて手を止めると、たまたま語り始めたのは学生のお悩み相談だった。

「今日はどこ行く?」
「うーん、おまかせ」
「かなたいつもそれじゃん」

365日中、東京では約45日雨が降る。
320日誰のものにもならず飛び回る五条悟は、雨の日だけ私の為に車を出してくれる。
決まってラジオが流れていて、少しだけフロントドアガラスが開いているのが決まりだ。ラジオとたまに会話をしながら雨音に縁取られて進む車。

『親友と仲違いしてしまったんです』
『へぇー、それは嫌だったね。それで君は今どうしてるのかな?』
『昔と真反対のことしてます。もう、そうするしかなくて』

ラジオの音は小さいのにやたらと車内に充満する。悟は話さない。周りは意外らしいが、実は悟は口数が多い男ではない。
そういう時は決まって浮ついた薄っぺらい言葉で身を守る必要がない時、そして親友が隣にいない時だ。

『後悔してる?』
『分かりません。でも』
『でも?』
『……あの時の選択はそれしかなかったのか、考える時ならあります』

声の明るいMCと電話を繋ぐ青い声。
まだ幼さの残る少年の声ははっきりと私たちの間を貫くように響いた。次に何を言うのかと思えば、悟の大きな手がそれを制した。
限界まで張った糸が勢いよく切れるような音。

「青いよねー」
「いつまでも青いのは悟だけどね」
「そう?目だけでしょ」

悟がフロントドアガラスを急に下ろす。
風に吹かれて雫が車内に入り込み、大きな雨音が車内に響くことでそれ以上の言葉は遮られた。話したくないという意思だ。
分かってる。分かっているけれど、
それでもその青さから足を引き抜くことが出来ない私たちはこの雨音響く青い道を進むのだ。




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