2005年少年少女




満月の日にはろくな事がない。様々な学者が昔からこぞって満月の日の犯罪率や事故数の研究をしているが、単純明快。呪霊の活発化だ。とはいえ、では満月の日に何故呪霊が活発化するのか、となるとそこは謎が多い。
呪力や呪霊には未だ謎は多く、ブラックボックスの鍵は見つかっていないのだ。


冬の寒さが和らぎ、各地で梅の開花がニュースでされ始めている。今朝傑と2人で見た朝の情報番組で眼鏡を掛けていたような、男性のような女性のような気象予報士が開花前線の話をしていた。詳しいことを覚えていないのは直後に流れた占いで、傑に負けたからだ。満月の日はろくな事がない。
お陰で、私より忙しくて帰りが遅い傑の為に夕飯を作って待つ羽目になった。


別に料理が面倒なわけではなくて、作る相手がいるということは、気に入ってもらえるかの問題が発生する。傑と私の味の好みが似ているとは言え、気に入ってもらえるかはまた別の話。携帯を開いて見ても、まだ任務終わりを報告するメールは来ていない。

炊かれたご飯、傑が好きなトマトが入ったシーザーサラダ、私が好きなネギと油揚げの味噌汁に、2人で買った半額のキュウリの浅漬け。メインのトンテキは未だに火を通さずにバットの中だ。



遅い。4度目のメール確認をして思わず零れた。いや、とふと思う。
もしかしてメール止まってる?
若干ずり落ちたモコモコのレッグウォーマーを少し直してから、センター問い合わせを押す。なにぶんこの東京呪術高専は山の中。携帯を上げたり下げたり、窓際に寄ったりしないとメールが届きにくいことがある。
冷える窓際に寄った瞬間、着メロが鳴る。
大塚愛のプラネタリウム。悟には、お前には可愛すぎるなんて言われたが、好きなのだから仕方ない。

メールを確認すると並ぶ「Re」の羅列。
その上には今から20分前の時間が表示されていた。まずい、気付かなかった。急いで豚ロースに薄力粉をまぶして、熱したフライパンに投入すれば、なんといういい音。
ぱちぱちという音と、あがる油の匂いが空っぽの胃を締め付けるようだ。

傑め、1位ならいざ知らず4位で私に勝ったのだからいいご身分である。私は11位だったけど。傑に一言「遅いんだけど」とメールし、揺れるメールマークを眺める。すると、私が送れた直後に傑からメールが届いた。
表示は15分前。おいおい、と思いながら豚ロースをひっくり返す。
メールは「今日の月綺麗だから外で食べないかい」という内容。

寒いが?と思いつつ、一旦フライパンの火を止めて部屋に走る。出来る限りの防寒着を着込み、急いでキッチンへ。余熱での肉の火の通りを確認して中火を付け直した。


最近買った魔法瓶は優秀なのです。
2005年発売の最新作。あの悟と硝子もテンションが上がったお品物。なんと、食べ物があまり冷めないという代物だ。
水筒にほかほかの味噌汁をぶち込み、お弁当箱にご飯、サラダ、漬物。

お肉どうかな。串を刺してもいい感じ。
ソースやケチャップ、醤油と味醂とちょっとのニンニクおろしを加えて味付けしたところで再び携帯が歌う。今度は修二と彰の青春アミーゴ。電話だ。

「もしもし、メール見た?」
「見た見た」
「今もう寮の入口」
「え、待ってすぐ終わる!」
「私も持つからすぐ行くよ、お腹空いてるんだよね」
「それは私もなんですけど」

電話の向こうで歩く音がする。
左手で携帯を持ちながら右手でフライパンを揺すると、なんとも甘酸っぱいソースの匂いが空間を包む。危険だ。刺激的すぎる匂い。

「こちら月島。危険物を発見。集中する為通信を遮断する。どうぞ」
「こちら夏油。承知した。すぐに向かう」

携帯をすぐに切ってソファーのある方へ適当に投げた。まな板の上に食欲の塊のようなトンテキを前にノックアウト寸前。これをすぐに食べられないとは。満月の日、恐るべし。
1口サイズに切ってお弁当箱ギチギチに詰める。……この際見た目はいいだろう。
フライパンに残ったソースをスプーンで掬って……ではなく、フライパンを傾けてそのままダラーっと流し込む。洗い物が増えるの嫌でしょ、誰でも。


そうしたところで夏油隊員は笑いながら共同スペースに顔を出した。

「うーん、殺人的な匂いだね」
「私もそう思いまーす」

私がいそいそとお弁当箱と水筒を用意していると、傑は割り箸と紙コップ、ペットボトルのお茶をしっかり準備していた。こういう時には必ずおーいお茶を買うのが定番だ。

2人で全てを抱えていざ出陣。
傑の呪霊に乗って、高い高い夜空へ。
大きい満月が更に大きくなっていく間に傑はミートボールやらハンバーグやらと言っていたが、全てに違うと言えば嬉しそうに何だろうな、と念入りに匂いを嗅いでいた。

「いただきます」
「敗者から精一杯の晩餐だぞ」
「いやー4位も悪くないね」

あ、トンテキかーと納得しながら1口トンテキを放り込んで、ご飯をかきこむ。味付け最高、めちゃくちゃ美味いという言葉にひとまず安堵。私が味噌汁を紙コップに注ぐ頃にはもう3分の1が消えているのだから相変わらずである。

「月綺麗だねー」

寒いけど、と言えばしっかり味のトンテキを噛み締めてる私に傑がいつの間に用意したのか分からない膝掛けが掛けられた。プーさん柄か。悪くない。

ふわふわと、だけど安定飛行の呪霊の上で月見晩餐。それはやっぱり案外悪くなくて、傑とあれこれ話している間に多めにギチギチに詰めたお弁当は空になっていた。
傑はどこか上機嫌で、ふと変な質問をしてきた。

「着メロ、何に設定してたっけ」
「……青春アミーゴ」
「そっちじゃない方」
「……さくらかな」
「それは悟と硝子の分だろ」

つい言葉が、詰まる。そうだ。傑からのメールだけ大塚愛にしてるのが本人にバレている。なんとも言えない気分でプーさんの膝掛けに顔を埋めるとなんだか温かい匂いがした。

「ねえ、私もかなたの着メロだけ変えてるんだ」
「……なに」
「レミオロメンの南風」
「あ、私それ好き」
「知ってるよ」

前にMステ見て言ってたよね。
と傑が言葉を続けるが、何が言いたいのか分からない。びゅう、と冷たい風が妙に熱い頬をやたらと冷やそうとしてくるのがこそばゆい。冷える指先をプーさんの中に仕舞おうとすると、硬くてかさついた大きな手が重ねられた。

「意味、考えてほしいな」
「満月だからおかしくなった?」
「満月だからこうやって誘えたんだよ」
「つまり?」
「好きな女の子相手には結構ロマンチストなんだよって話」

寒くて綺麗で温かくて、その身体は大きくて私を簡単に包んでしまう。
だから、私もそろそろ着メロ変えようかな、なんて思いながらその大きな身体に一生懸命腕をまわした。

満月、お前も案外悪くは無いぞ。




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