ハッピー・ヒロイン



死ねと言われるのは慣れていたし、
死ぬとお金が掛かるとか周りに迷惑が掛かるとかで死ぬなら消えろと言われたりするのも慣れていた。
私はスラムを生きる子ども役。
攻撃的で薄暗い、二酸化炭素しか吐き出さない環境で生きる望まれないモブ役。



硝子、悟、傑、そして私。
たった4人の同級生。
私としては都合がよかった。
人に興味がなかったので、仲良しこよしを強要されるのは非常に不愉快だった。
しかし入学当日、そういった空気が皆無で私は久しぶりに呼吸が出来た。

さも、誰もが人畜無害のような顔をするのだ。その仮面の下がどれだけ腐り爛れ、欠けて膿んでいたとしても。だから呪霊が生まれるんじゃないか。
人に害をなすのはいつだって人だ。
しかしそれは自分もそうである。
例えば、そう。
自分が欲しかったけど高くて買えなかった服。可愛くて、でも手が届かない。
まぁきっと自分には似合わなかったんだ、仕方ないなんて納得したくせに、ふと某お洒落カフェでその服を着て恋人と談笑している女を見た時。
目にとめた行為も、自嘲も全て自分を傷つけている。誰もが大なり小なりそんな気持ちを持っているはずだ。

「卑屈だね」

私はそう言って頬杖をつく男の目の前に手を出した。まだである。私の言葉がまだ続くことに溜息を吐いて、男は首を竦めた。

そう、誰もが持っているはずなのだ。
羨望などとは程遠い、自分とは違う存在のことを消したい気持ち。自分は不幸じゃない。しかし、幸せかと聞かれると分からない。仮に、周りから「お前は恵まれていて幸せだ」と言われたとする。それにどう思うだろうか。お前なんかに何が分かる?
他の否定は実質、己の否定である。
問いに全て否定し、では何かと聞かれると答えられない。殺したいわけではない。でも自分の周りに存在して欲しくない。

「でも1人は嫌だって言うんだろ」

馬鹿にしているのかと思うが、それは黒い小さめの双眸が違うのだと語っているのには気付いた。私は答えない。

胸に渦巻く気持ちはいくらでもある。罵詈雑言、暴力、嘲笑など受けてきたものはエトセトラ。はてさて、自分が東京呪術高等専門学校に入学したのは、運良くあっさり死なないかな、なんて思ったからだった。そう。別にやっと自分に出来ることが見つかったと思ったのに周りが全員天才で、やはり自分に居場所がないことに気付いたからそういう方向に切り替えた、わけではない。

「じゃあ君は死にたいのか」

沈黙。彼は夕陽で赤く染まる教室の自分の席に座っている。私は1番窓側。
窓から飛び降りるのに10秒もいらない。
5秒もいらない。そんな距離。
それに対して彼が私の所に来るのに5秒はかかるだろう。しかしここは2階で、2階から私のような妙に頑丈に生まれた呪術師の女が死ぬのは難しいだろう。

1秒。私が窓枠に手を掛ける前に彼の大きい手のひらが私の手を包んだ。
私より冷たく、固く、乾燥した手が強く私の肩を掴んで。痛いけれど痛いという声を出せなかった。
批判と自己愛的比較ばかりが飛び出す口にはぬるりと彼の長い舌が忍び込み、私の言葉を啜ってしまった。
目を閉じるだとか呼吸だとかそういったものをどうしたのか覚えていない。
ただぼやける視界にいる彼は目を閉じていて、まつ毛は短くて、日本人の毛は茶褐色と言われているけれど妙に黒く感じた。
色素が濃いのかもしれない。
ああ、でも確かに夕陽が当たると若干茶色には見えるかもしれない。

「……次は目を閉じてほしいかな」

私から離れた彼が言う。
夏油傑。同級生の1人。
私が人生で初めて貰った誕生日プレゼントをくれた人。男の子。
初めて私の生を肯定した人。

「……次があるんだ」
「まぁね。君は随分卑屈なようだし、根暗。なのに寂しがり屋だ」
「そんなことない」
「そんなことある」

君の人生を私は知らないし、
君が浴びてきた言葉の凶器を知らないし、
君の胸に渦巻く気持ちも知らない。

でも

「でも?」

でも

「君の誕生日は知ってる」


私は彼に噛み付いた。物理的に。
私に合わせて前屈みになっているその無防備な首筋に噛み付いた。
彼は痛いとは言うけれど私を抱き締めた。
歯車が狂うんだ。
規則的で緩慢で怠惰だった音が忙しそうに動き出す。今までを取り戻すように動く。

「かなた、生まれてきてくれてありがとう」

噛み付いてるせいで耳元で聞いたその言葉で、走る歯車は過去の私を舞台から下ろした。
カーテンコールだ。

次の私はどうやらヒロイン役らしい。




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