私のお月様
悟は月みたい。
突然彼女がそう言った。
初夏、2人でくっついてソファーに座るには少し暑くて、でも離れ難くて2人で寄りかかりながら映画を見ていた。
なんてことはない普通の映画で、月の話なんか出ていないし、そもそも夜でもない。
燦々と降り注ぐ陽の光を肩に浴びながら彼女の言葉の続きを待つが、その続きがあるのかないのか黙り込んでしまった。
少し身を乗り出して、リモコンで映画を止める。なんてことはないホラー映画で女が丁度泣き叫んでいるシーンだった。
「僕の髪色?」
「ううん」
沈黙。
別に彼女との沈黙は苦ではないので、テーブルの上のポテトチップスを口に運んだ。
パリパリとした音が静かな部屋に響く。
ここは高専の寮で、彼女の部屋。
暖色でまとめられたその部屋に2人きり。
ポテトチップスを食べた手と反対の手で彼女の頭の上に手を置いた。
大体彼女は、こうすると口を開く。
「悟は月みたいなんだよ」
「どこが?」
彼女はす、と手を上げて大きなテレビの画面を指さした。
「悟は泣いたり叫んだりしない」
「そりゃあ、僕最強だからね」
「でも悟は人間だよ」
月だと言ったり、人だと言ったり、なんだか今日の彼女の様子はおかしい。
いつも突拍子のないことを言う子だと思ってはいたけれど。
彼女は指を下ろして、頭上にある僕の手に手を重ねた。
「知ってる?月って、地球に見えない側は穴でボコボコなんだよ」
彼女の深く、黒い目が僕の目の奥を覗く。
思わず顔を逸らそうとした僕の顔を彼女の汗で湿った手が許さなかった。
強く顔面を両側から押さえられる。
「人から見たら綺麗だけど、裏ではボロボロなの」
まるで、悟は月みたいでしょ。
ねぇ、君は俺の何を知ってるの。
俺の何を見たらそんなことが言えるの。
「……ねぇ、泣かないでよ」
「泣いてない」
「泣いてる」
肩に当たる陽の光より冷たくて、手汗より温かい雫が彼女の丸い頬を緩く滑っていく。
僕が少し笑いながら彼女の雫を指で掬えば、彼女は子どもみたいに顔をくしゃくしゃにして唇を噛み締めた。
ごめん、彼女はそう言った。
「泣きたいのは、私じゃなくて、いつも悟の方なのにね」
ごめんね。
そう言って彼女は、あの日傑を殺した僕の右手を優しく握り締めた。
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