言い訳の昼下がり



土曜日、任務は無くともグラウンドからは学生たちの鍛錬の声が響く。
遠い青空は眩しくて、学生たちの声も眩しい。

ちらりと時計を見れば午前から午後へ移り変わってから少し経っていた。
溜息は漏れども、なんとか終わらせた治療。今日はマシな方だ。使い慣れたコップの底にこびり付いたコーヒーの残り粉に目をやったが、まぁ、後で良いだろうと医務室を出た。

丁度昼を食べ終えたのだろう学生たちを見遣る。その中に彼女はいない。それもそうだ、この時間になるといつも彼女は当たり前のようにいつもの場所にいる。

鍵を回して部屋を開けた。こういう時くらいでしか開けない自室の匂いはかび臭いのかと言えば、どちらかと言えばいい匂いがする。それも彼女のせいだろう。いつの間に持ってきたのか、置かれた芳香剤の匂いは少し甘い。靴を脱いで中の扉を更に開けるとソファーに座っているのはいつもの彼女、かなただった。

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」

昼を食べた直後だからか少し眠たげな彼女のほんの少し間延びした声が掛けられる。芳香剤なんかより甘さを含んだその声に惹かれるように、ソファーに身を沈めた。
かなたと少しスペースを開けて座るのはいつもの事で。そうすると彼女はゆっくりと身体をこちらに倒してくる。
所謂、膝枕とかいうやつだ。
そうなったらなし崩しで、ゆっくり短い前髪を撫でてから口付けを落とす。
赤くて長い睫毛はふるり、と震えてゆっくり閉じる。その様を見るのが堪らなく好きなのだが、口にしたことはない。

いつからこんな事が続いていたのか、それはハッキリ覚えている。ある日突然五条が連れてきた“養子”。どこも映さない黒い瞳に、それに反するようなどこまでも赤い髪。最初は渋々、特級呪術師でお忙しくいらっしゃる五条様の代わりに面倒を見ることが多かった。初めは半径5mほどの距離。視線も声も寄越さない子供だったのに、その子供が今は私の腕の中でゆっくりと目を閉じて口付けを享受している。

初めて口付けを落とした時、彼女は「煙草が苦い」と文句を言った。言うべきところはそこなのか、と思いはした。だが、案外私も単純なものでそれを機会にパタリと喫煙をやめた。勿論、歌姫先輩から禁煙を勧められていたのもあるけれど、それが決定打ではないのは自覚がある。

そこからかなたの口付けに対する感想は“苦い”から“甘い”に変わった。

嬉しい誤算だった。
いや、誤算じゃない。
計画的だ。

だって、部屋に足を運びながら口にするのはかなたが好きなレモン味の飴。それもいつの間にか日課になってしまった。悟られぬように部屋の扉の前に着く前に噛み砕いてしまうけれど。

「……五条は何て言うかな」
「……何てって?」
「私たちのことだよ。部屋を行き来して、膝枕して、キスをして」

かなたの瞼がゆっくり開いて、黒い瞳が私を映す。少し潤んで見えるのは眠気からか、それとも私の都合のいい幻覚か。

「それを五条はなんて言うかな、って」

きっと半殺しなんてものじゃ済まないんだろうけど、果たしてどうなのだろう。

思わず口元が緩むと、温かいかなたの指が伸びてくる。
するり、と口元を撫でるだけの温み。
かなたは何も言わない。
かなたは私の、私はかなたの、考えはきっと分かってない。でもそれでいいのだと思っているんだ。多分。
昔より欲張りを少しだけやめた私は、それでいいのだと自分に言い聞かせる。

「……硝子さん」
「ん、眠いんだろ。おやすみ」

何度か赤くて長い睫毛が揺れた後、その黒い瞳は再び私の目の前で閉じた。

この恋とも愛とも言えない感情に
いつか、名前は付くのだろうか。

膝からくる温かさに私も目を閉じた。
午後は眠いものだから仕方ない、なんて自分に言い訳をしながら。




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