死にたがりの君と僕



思いを言葉にしてみろとはよくいう。
それで整理がつくから、と。
しかしいざ書こうと思っても書けないものだなぁ、とぼんやり思っていた。
遺書かよ、と笑って紙を破いて捨てた。

勘違いしないで頂きたい。
私は楽になりたいわけではない。
幼い頃は世の中が嫌い過ぎて周りを責めてばかりだった。
けれど、今になると自分が屑過ぎて世の中や家庭内の当たりのキツさは然るべきだったなと思う。
責任転嫁は幼さのなせる技だった。
自己防衛。素晴らしい、生きる術だ。
そうだ、私は生きたいのだった。
久しく感じていない事だ。

錠剤を身体に流し込む。
長い名前が沢山付けられたそれを無遠慮に流す。
よくドラマや小説なんかでその瞬間を、ああ、やっと楽になれる、なんて言うけれど。
そんな風には思わなかった。
ただ行き場のない手がそれを掴んで、真っ白な使い物にならない、ガラクタのような脳みそがそれを飲めと言う。脳の司令に従う。


気が付けば日を跨いでいた。
薬を飲んだのは朝。時間は、どれだけ経ったのか正確に把握出来ない。
激しい頭痛と吐き気に身体を折り曲げる。
口の中に広がる胃酸の味。
最悪だ。
しかしもっと最悪なことがあった。
私の横に人がいる。
ご丁寧にも私を床から布団に運び、毛布まで掛けてくれていた。
その人物は冷たい瞳で私を見下ろしていた。無言で透明なペットボトルを差し出してきた。ひやり、と頬に冷たさが伝う。

「何してんの」

どう解釈したら良いのか分からない声だ。
怒っているようにもとれるし、何の感情もないようにもとれる。
どう答えるべきか答えあぐねいていると、その人物は聞いてるんだけど、と答えを促してきた。
とりあえずペットボトルを受け取って、少しだけ身体を起こした。
視線を感じながらも、口の中の胃酸の味を消したくて水を1口含んだ。冷たいと思っていたのに想像より温い。頭が痛い。

「……寝てた」
「知ってる。じゃあ質問変えるね。それ、なに?」

それ、と指さされた先に視線を移す。山積みになった薬の袋だった。

「薬」
「そうだね。で?気分はどう?大量に薬一気飲みして。気分最高?ハイ?一気飲みコールでもしてやろうか?」

頭が痛い。目が回る。目がチカチカする。
気分?最悪だ。でもそれを言ってどうする。私は黙りを決め込んだ。
途端、悟の綺麗な手が伸びてくる。するり、と首にそれがかかる。

「そんなに死にたきゃ、僕が殺してあげるよ」
「……やめた方がいいと思う」
「何で」
「こんなことで、人殺しになるのは」

やめた方がいいと思う。素直にそう思った。ガラクタな脳みそは回らないけど、それだけは思った。でもそれが良くなかったらしい。冷たかった瞳に怒気が含まれるのをありありと感じた。

「そうじゃねぇだろ!
死にたくないって言えよ!!!
言え!言え!!」

悟の指に力が込められる。気道を確実に押さえられて呼吸が止まる。いや、言えとか言われても声出せない。そんな事が分からない馬鹿な男では無いはずだ。
私の身体に馬乗りになって悟が喚き散らす。その姿を最後に、私の意識は再びとんだ。


いつからだろうか。脳内で死ねと言う言葉が響き続けるようになったのは。
別に、呪霊が見えるから。
呪霊と戦っているから。
そうではないと思う。
自分の無力さ、非力さ、無能さ。
しかし人に迷惑を蒙り、傷付けることしか出来ない自分。
生きていることに対する、罪悪感。
まぁ、そんな所だと思う。くだらない。実にくだらない。死ね。それがいい。死ね。


次に目が覚めたのは見慣れた白い天井だったので、そこが医務室だというのはすぐに気付いた。打たれている点滴が滴る音がする。
そしてすぐに左手を強く握られていることに気付いた。
悟だった。
折れるんじゃないかという力で握られている左手は鬱血して紫色になっている。
馬鹿力め。

「悟」

思ったより掠れた小さい声だったが、彼はすぐに反応を示した。
俯いていた顔を勢いよく上げ、私と目線を合わせる。
泣いてはいないようだった。
まぁ、今更私1人が死んだところで泣くようなタマではないんだろう。生きてるけど。

「良かった、目が覚めたんだね。ごめん、苦しかったよね。ごめん」

あの悟が私の手を掴みながら頭を下げる。
別に良いのに。でも彼は何だかんだ言っても優しいやつだから仕方ないか、と思う。
七海が言うほど軽薄な男ではないことも知っているからだ。

「もっと謝れ、本当に殺すところだったんだぞ」
「……硝子」

シャ、という音でベッド横のカーテンが開いた。禁煙をしている筈なのに煙草を咥えた硝子が顔を出した。
煙がゆるりと上がっている。

「意識が戻って良かった。薬を大量に飲んだんだって?とりあえず水を置いておくから出来るだけ多く飲むんだよ。あとそこのクズ、そんな人間の首締めるとか何考えてんだ。謝れ、誠心誠意謝り倒せ」
「分かってる」
「え……いいよ、別に」
「良くない。私の反転術式だって万能じゃないのは分かってるだろ」

死んだらお終いなんだよ。

硝子が珍しく怒ってる。
悟の感情はよく分からないけど、でも目隠しを外したその姿はいつもより幾分か小さく見えた。謝り倒せなんて怒られたら当然か。
硝子はペットボトルの水を私に渡してから医務室を出て行った。

つい先刻(どれだけ時間が経ったのかは知らないけど)飲んだように水を口に含んだ。今度こそ冷たい水が喉を通って身体に染み渡っていくのを感じる。妙に喉が乾いて、一気にペットボトルの半分を空けた。
す、と横から手が伸びてくる。
私の手を解放した悟の手だ。
今度は優しく、私の頬を滑る。

「本当に、ごめん」
「いいよ」

死ね。

「良くない」
「いいよ」

死ね。

「良くないんだって」
「いいよ」

死ね。

「……俺を、責めろよ」
「責めないよ」

死ね。

「何で」
「悟は」

死ね。

「何で私に死ねって言わないの?
死んで欲しくて首を締めたんじゃないの?
何で謝るの?
何でちゃんと殺さなかった?
何で医務室になんて運んだ?
何で硝子を呼んだ?」

死ね。

「何で?」


頭がひどく痛むの。


「……君を殺して、僕も追いかければ良かった?」
「何で、そうなるの」
「だってそうだろ、僕は君が死ぬのを耐えきれない」
「殺そうとしたのに?」
「それは……君が、生きたがらないから」

悟の温度が離れていく。俯いて見えない青い瞳。私には彼の考えが心底分からなかった。分からなくて、イライラする。でもすぐにそのイライラは消えた。布団に染みていく、雫。ぽたぽたと音を立てて落ちていくそれ。

「君が、死ぬなら、いいよ。僕も逝く。僕を連れて逝ってよ、お願い」

私には彼が分からない。
もう付き合いは10年以上になるのに全然分からない。
小さな子供みたいにお願い、お願いと私に懇願する悟。
可哀想に、と思った。
でもそれ以上に、この人はこんなに馬鹿な人だったかと思いを巡らせた。
でも、もういいだろう。ここまで本人がそうしろと言うのだ。

「一緒に地獄に堕ちてくれる?」
「かなたとなら、よろこんで」





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