鈍いあなた



呪霊を操るだなんて、穢らわしい。
気持ちが悪い。
少し自分から距離を取った低級呪術師の声が聞こえてきた。
言われ慣れた言葉だなぁ、と思いながら呪霊玉を飲み込む。呪霊の等級は1級が三体。まぁまぁだ。汚れきった雑巾を絞ったような味をするそれを流し込む。

気持ちが悪い。

確かに、その通りなんだろう。でも、その気持ち悪いやつに守られてるお前たちは何なんだよ。
なんて。

まだ冷える1月の日。高専の制服だけでは心許なく、着込んできたコートに顔を埋めた。早朝からだった任務は想像より早く終わってしまった。この後は特に授業があるわけでもないので、高専に直帰するか少し悩む。少し考えているうちに冷たい風が吹きすさぶ。少し身体を震わせ、とりあえず暖をとるため歩き出した。適当に事を補助監督に連絡してその場を去る。コートから漏れる吐息は白く、まだまだ冬を感じさせた。今朝の天気予報では雪が降るかもしれない、なんて言っていたがどうなんだろう。
ふと、携帯が長く震える。電話か。画面には見覚えのある後輩の名前が表示されていた。

「もしもし」
『先輩、お疲れ様です!任務終わりました?』
「まぁね」

どこかご機嫌な彼女の声は耳障りが良くて、新宿の雑踏の中でもその声はよく聞こえた。彼女も任務が終わって新宿にいるのだと言う。

『先輩、デートしましょう!』
「……私たちはお付き合いをしていたかな?」
『いいえ、してません!最近は同性同士で出掛ける時だってデートって言うんですよ?』
「そういうものかい?」
『そういうものです!』

彼女の笑い声が耳を擽る。
なんだか今日の彼女はいつもより押しが強い。つい、良いよ。なんて言ってしまうくらいには。
彼女はそれを聞いてやったー!なんて言って、集合場所と時間を告げて電話を切った。さて、集合場所は近いし、集合時間もすぐだ。初めより少し足取りが軽くなった自分に自嘲した。


先輩ここです!と自分より幾分か小さい彼女が遠くから手を振っている。寒いんだろう、頬と鼻を赤くさせている彼女に急いで駆け寄った。待ったかい?と聞けば、それです!デートっぽい!とまた彼女はころころと笑った。

「それで、どこに行くつもりだい」
「とりあえず映画ですけど、まずはこれ!」

彼女が何か温かいものを自分の頬にあてる。香る甘い匂い。……たい焼き?
受け取って彼女を見ると、彼女は赤い手を擦りながらにこにことしている。呪霊、見るからに美味しくないですもんね。お口直しです。とのこと。そう言われれば口の中はえも言えぬ味に支配されていたので、ありがたくそれを受け取った。映画館まで少し歩きながらたい焼きを口に含む。じんわりと温かく、そして甘いそれは彼女の声のようだ。

「……映画、何を見るんだい」
「いや、考えたんですけどね?これしかないだろ、と思いまして」

じゃーん!と彼女が1枚のチラシを渡してきた。たい焼きを持っていない方の手でそれを受け取る。

「……悪魔のいけにえ?スプラッター映画じゃないか」
「好きそうだなって思ったんですけど」
「君、私を何だと思ってる?」
「その映画最後にヒロインが派手に死ぬんです」
「盛大なネタバレ」
「嘘です」
「……悟に似てきたんじゃないかな?」
「めちゃくちゃ心外です」
「悟も心外だと思うよ」

むしゃむしゃとたい焼きを平らげて、映画のチラシに目を落とす。確かにスプラッター映画は好きだ。特に懐かしいものは。隣で楽しそうにあーだこーだと言葉を続ける彼女に思わず口元が緩んだ。でも違う。彼女は可愛い後輩。ただそれだけのはずだ。

「先輩?聞いてます?」
「全く聞いてないよ」
「性格わるっ」

でも、それでも彼女は笑う。彼女の等級は1級。強い方だ。彼女と任務を共にしたことは無いが、こんな笑うことしか出来なさそうな身体のどこにそんな力があるのだろうか。また聞いてない!と文句を言う彼女を尻目に、映画館の扉を開けた。


「どうですか、先輩」
「そうだね……隣で百面相する君が面白かったよ」
「性格わるっ」

本日2度目の性格悪い認定。まぁ、自分が人格者なんかでは無いことは分かっているので笑って流した。彼女は尚もぶつくさと言っているが声が小さくて雑踏の中では聞き取れない。まぁ、聞いて欲しいことならもっと大きな声で言うだろうと思い、とりあえず歩を進める。映画館を出る時に2人でお腹を鳴らしてしまったので、近くの喫茶店に入ることに決めた。


彼女が頼んだオムライスが湯気を立てて運ばれてくる。直後、自分が頼んだナポリタンも来たので2人でいただきます、と言って食べ始めた。彼女がふーふーとスプーンの上のケチャップライスを冷ます様子を見守る。
彼女の様子を見るにスプラッター映画はあまり好みではないらしかった。では何故スプラッター映画を選んだのか、なんて。それは自分の好みに合わせてくれたに他ない。あまりそういう経験が豊富でない自分でも、デートというのはそれで良いのか?と思ってしまった。よく、女子が恋愛映画を見ようとして彼氏と意見が合わないなんて聞くけれど。彼女の好きなもの。知らないなぁ……なんて思いながらナポリタンを口に運ぶ。別に知らなくてもいい事なのかもしれないが。

「ところで、私以外の男性と出掛ける時にもデートと言うのかい」
「いいえ?そもそも私、男性と2人で出掛けないです」
「……は?」

先輩、案外鈍いんですね。なんて彼女が言う。後輩のくせに。ふーふーしたケチャップライスで盛大に火傷して涙目になっているくせに。

「私、頑張っちゃいますよ?」

何を?なんて聞くほど、流石に自分は鈍くない。
思わず落としたフォークに赤い顔の自分が映っていた。




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