遺書



遺書を書く。それは覚悟でした。


あの日、呪術師に戻ると決めた日から続けてきたことだった。
初めは身辺整理、お世話になった人への御礼。
そんなものだった。
存外書くことは無く、自分で決めたことではあったが要らぬもののように感じたこともあった。
しかし、ある時彼女のことが頭を過ぎった。その時から遺書は少しずつ長くなっていった。
彼女は数少ない同級生だった。


七海ー!大きな声で自分のことを呼んで手を振るのは灰原。
その横に缶コーヒーを持ちながら立っている彼女。
その呼びかけに応えれば彼女はよく缶コーヒーをくれた。

同級生の中でもいち早く1級呪術師になった彼女は自分と灰原の1歩前を歩いていた。
それを必死に追い掛けた。
怪我は少なくなかった。肉体派な為だ。
それは仕方のないことだった。
しかしその怪我を見ていつも泣きそうな顔をしているのが彼女だった。
灰原は笑いながら、でも優しく怪我の様子を注意深く聞いてきた。
そんな日々が続くと思っていた。
しかしその考えは愚かだったと知る。

人が死ぬ世界に自分を置いているのは重々承知していた。
そして決まって善人から死んでいく。
目の前で灰原が死んだ時の心情は、今も忘れられない。
きっと、彼女も死ぬ。そう思った。
どれだけ強かろうと死ぬ時には死ぬ世界だ。
そして自分は呪術界を退いた。


五条さんに呪術師に戻りたいと話した時にはひどく笑われたものだ。
お前は戻ってくると思ってた。
そう言っていた。
笑われた苛立ちの次に思ったのは、彼女が生きているのかどうか、という事だった。
五条さんに聞くのは気が引けた。
というより、五条さんの口から彼女の名前が出てくるのが昔から苦手だったのだ。
理由はいまいちはっきりとしていない。
自宅で右往左往した末に、彼女に電話をした。
彼女の電話番号は変わっていなかった。

久しぶり、七海。
そんな言葉を期待していたが、彼女の第一声はどうしたの!?だった。
心配そうなその声音は学生時代から変わることなく、柄にもなく胸が熱くなった。


ひとつ、ひとつ。思い出す。
記憶の片隅に置いてけぼりにしないように。
彼女と再会して、失っていた期間を埋めるように食事や仕事を共にした。忘れないように、無くさないように、ペンが走る。
馬鹿みたいだ。
これでは遺書ではなくラブレターだ。そう、思った。
ネクタイを締める度、このラブレターのような遺書が晒されないよう祈った。
机の引き出し、上から2番目にしまう。
今日も明日も、彼女との思い出が増える度に増えていく遺書。


その日は嫌な予感がしていた。ヘアスプレーは切れていたし、お気に入りの珈琲豆は手に入っていない。ただそれだけと言ってしまえば終わりだが、それでもその日は嫌な予感がしていた。

夜蛾先生の言葉が思い浮かんだ。
自分の悔いはなんだ。
成長していく若者の前で散ってしまう事か。
呪いに近い言葉を吐いてしまった事か。
それとも。
それとも。


遺書の括りは何にしたんだったか。
暗い地獄への道を進みながら思う。


彼女は善人だ。優しく、強い善人だ。
そんな彼女に。私はこれから呪いをかける。

どうか、私を忘れないで。




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