君に求婚パンチ


「相談があるんだ」と神妙な面持ちで僕を呼び出したのは同級生のかなただ。
 もう冬は深く、聳え立つ遮蔽物があまりない高専内は北風が息巻いている。乾燥した空気が肌の表面を温度を奪いながら駆け抜けてく中、わざわざかなたは僕をグラウンドの端に呼び出したのだった。正直僕としては早く建物に入りたいし、鼻と頬を赤くして鼻を啜っているかなたは暖かい室内でぬくぬくとゆっくり話をした方がいいだろう。「部屋じゃダメなわけ?」と聞く僕に、かなたは「傑がすぐに来るからダメ」だと言う。どうやら傑関係の話のようだ。
「あの……本気で悩んでるんだけど」
「なにー? 僕忙しいから簡潔にね」
「傑から『結婚しよ』って言われてる」
「良いじゃん」
「五年間毎日言われてる」
「こわ」
「やっぱりこわいよね!?」とかなたは赤く冷たい小さな手で頭を抱えて悶え苦しみ始めた。
 かなたと傑は付き合い出したはずだ。それも、最近。記憶が正しければ付き合いだして一ヶ月くらいだろうか。僕は両手を擦り合わせながらかなたの話に耳を傾けるとこういうことらしい。
 五年前、僕達が高専卒業後一年間の自由期間を経て高専勤めの呪術師になってからのこと。ある日突然傑から告白されたらしい。それもまた「私には君しかいない」なんていう激重極まりないセリフで告白され、かなたは咄嗟に「ごめんなさい」と断ったそうだ。突然のことに驚いてつい、断ってしまったというのもあるが、傑のようなモテる男に告白されるだなんて、という驚きがあったらしい。
 それもそうだ。傑はとてもモテる。学生時代から毎日女を取っかえ引っ変えしたところで一巡するのに五年は掛かりそうなほどの女たちからアプローチを受けていた。最初誰にでも優しかった傑だったが、次第に集る女たちを冷たくあしらうようになっていった。しかし、それがまた良くなかった。僕にはその良さの機微が分からないのだが、どうやら紳士的な傑が恋愛関係になるとドライになるのがより女たちにウケたようだ。「前より少し影のある感じがたまらなく惹かれる」のだそうだ。そんな傑が誰か特定の相手を作るというのは正直意外だったが、先月傑の口から「かなたと付き合い出したんだ」と聞かされた時には素直に良かったと思えた。その傑の顔があまりにも甘く蕩け、生クリームがふんだんに塗りたくられたケーキのような雰囲気を醸し出していたから。
 しかし五年間もかなたに求婚しているというのは初耳である。
「お前もそれだけ求婚されてるんだから、結婚すればいいじゃん」
「えー? でも傑だよ? しかも毎日言ってくるし、本気なのか冗談なのか判別つかなくない? あまりの圧にいい加減付き合ってみることにはしたけどさ」
 散々な言われようだ。僕からすれば傑が冗談で他人に求婚するなんてことは考えられない。ともすれば、かなたに対して本気すぎる以外ないのだが、どうにも信用というものは難しいらしい。
 つい零れた溜息が白く染まる。そろそろ雪も降り始めそうだ。次第に空が暗くなっていく。このままかなたが風邪をひこうものなら傑が付きっきりで看病すると言って聞かないだろう。とりあえず話の概要は分かったわけだし、と思い、かなたを室内に誘導しようとかなたの右腕を掴んだ、その時だった。
 瞬間、黒い何かが目の前を通りすぎ、かなたをかっさらっていった。六眼なんて頼りにしなくても分かる。傑だ。傑の動きを目で追うと、数メートル離れたところでかなたの肩を掴んでいる。
「かなた! 男はケダモノだから出来るだけ二人きりにならないでくれって言ったじゃないか」
「え、えぇ〜? でも悟だよ」
「悟なんてケダモノの最たる例だよ」
「おい」
 僕の声で傑が一瞬振り向いたものの、すぐにかなたに向き直り必死な形相でかなたの肩を掴んで揺らしている。
「ケダモノから君を守るためにも、ほら、私たち結婚しよう」
 求婚してるなぁ。
 必死な様子だけは読み取ることが出来るが、かなたは眉を顰めていた。
「あのさ、そうやってすぐ結婚結婚って言ってくるけどさ。誰でも良いから結婚したいだけなんじゃないの? 真剣さがないよ」
 そのかなたの鋭い言葉に傑が固まった。流石に面白すぎて腹を抱えて笑っていても、傑は一切僕に反応を示さない。馬鹿にされることが大嫌いな傑にしては珍しい。余程ショックが大きいようだ。
「ちが、違うんだ。本当に、君だけを愛していて……だから結婚を」
「一回だって改まった場で言ってくれたことある?」
「……ない、です」
「プロポーズするならもっとあるでしょう」
 そう言ってかなたが地面に立膝をついて、傑の手を取った。騎士と姫のような構図に思わず僕はスマートフォンのカメラを向ける。
「……愛してます。どうか私と家族になって頂けませんか」
 お決まりなポーズに、そこから更にお決まりの手の甲にキス。その時、ちらりと雪が視界に映った。寒さで真っ赤になっていた鼻の色は顔全体に広がり、かなたはすっかり赤ら顔だ。そのかなたの様子に傑は数秒固まった後、ぼっと火がついたように顔を赤くし、そこからへにゃりと情けなく笑った。火で溶けたローソクみたいに、途端に柔らかくなった傑の表情からはかなたへの愛をありありと感じる。そして小さく「はい」と傑が言い、かなたが「えっ」と声を漏らしていた。
 かなたは馬鹿だからまだ分かっていないのかもしれないが、そんなことを言ってしまったが最後、傑から逃れることは出来ないだろう。
 そんな傑もかなた馬鹿なわけだから、結局二人はお似合いなのだ。
「あ〜あ、帰ろ」
 背後でかなたが無理矢理傑に抱き締められて叫んでる声が聞こえるが、どうせ雪がその音を消してくれるだろう。




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