発動した呪具は煌びやかなイルミネーションを映し出した。眼前に広がる光の粒、色とりどりな電飾で浮き出るサンタやトナカイの姿。ぴかぴかと明滅する光の中に、見覚えのある姿が立っていた。一瞬、僕はそれを傑かと思っていたが、そうではない。傑に比べて小さい背に華奢な肩、アイツとは違う髪型が風に揺れている。
 ハッと気が付いた時には周囲には防寒着に身を包んでいる非術師が歩き回っていて、僕はその中心で突っ立っていた。足元を服とマフラーでもこもこになった玉のような子供が走っていく。どうして自分がここにいるのか、それは分かっている。ただ、この場所は知らない場所のはずだ。周りを見渡しても見覚えがない。空は真っ暗で薄らと星々が煌々と輝いていた。その時、光に包まれていた女―――― かなたが振り返った。かなたの瞳にイルミネーションが映り込んできらきらと光る。光は大粒だ。思わず脚がかなたに向かって歩き出した。道脇も電飾に照らされ、かなたに向かって一本の道ができている。その道を進んでいくと、鼻がツンと痛んだ。痛みを自覚すると、今度は背中がひんやりと冷たい。どうやら今日は寒いらしい。はぁ、と息を吐くと真っ白だ。かろうじて雪が降っていないだけらしい。たった数メートルを簡単に詰めると、かなたは黙って僕を見上げていた。
「……オマエがいるとはね」
「誰だと思ったの?」
「傑」
「はは、だろうね」
 光の拡散する瞳が言葉に合わせて細められると、光の粒が瞳から溢れてしまうんじゃないかと何故か心臓が早まる。思わず伸ばしかけた右手を下ろした。その様子を見たかなたが眉を下げて、少し虚ろな笑顔を僕に向けた。
「覚えてないでしょう」
「なにが?」
「この場所」
 そう言ってかなたが腕を広げると、少し離れたところからライトアップされた噴水が飛沫を上げた。光の水流が鮮やかに光り、上り、霧散していく。僕はこういったものに特別興味がない。だから「覚えてない」と答えた。
「だろうと思った。というか、悟は知らないんだよね、この場所」
「この場所なに?」
「前に悟をデートに誘って、悟は来るって言ってくれたけど結局来なかった場所」
 一瞬、光の波が僕の背後からかなたの方へ流れていく。押し寄せる光の渦がかなたを照らした。かなたがまるでそのまま、光に飲まれて消えていきそうで咄嗟に腕を掴んだ。しっかりと掴むとかなたはまた目を細める。表情は読めない。
「怒ってんの?」
「そういう話じゃないでしょ、今は。悟は私に言わないといけないことがある。だから、今ここに閉じ込められてる」
「確かに。その通りだ」
 その通りではあるのだが、かなたに掛ける言葉が見つからない。
 
 今、僕達は呪具の中にいる。
 呪具の効果は『大切な人を思い出す』ということ。それは六眼から得た情報で理解していた。だからこそ、僕はそこに傑が映るものだと思っていた。しかし、実際そこにいたのは同級生のかなただった。つまり、呪具の効果に則るのであればかなたが大切な人ということになる。僕はそれが意外で、かなたに促されても尚、何を言えばいいのかわからなかった。
 同級生のかなたとは友人であり、同僚である。たまに一緒にふざけて遊んでは夜蛾学長に拳を食らう仲間でもある。一緒に遊んで、食べて、飲んで。そんな気楽な仲だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
 
 かなたは「分からないかー」と溜息混じりの言葉を漏らすと、自嘲気味に笑った。その顔が気掛かりで、かなたの頬に触れる。柔く力を込めると、ぱっちりと目が合った。やはり潤んだ瞳をしている。涙が溢れる一歩手間だ。その顔を見ると、瞳を見ると、胸が掻き毟られるような感覚を覚えた。僕には感情の名前が分からないけれど、既視感があった。目の前の涙に手が届かないもどかしさだ。僕は答えが出るより先に自然とかなたを抱き締めていた。身長さがあって僕が〇〇に覆い被さるような体勢になるが、かなたの顔が肩に当たるとそのままじんわり冷たくなる。背中を緩く叩くと、僕の背中にかなたの腕が伸びてきた。ぎゅうと抱き締められる。すると、僕の胸をどうしようもなく掻き毟られるような感覚も薄まっていく。そのままかなたの身体を強く抱き締め返した。埋めた肩口からは甘い香りがする。触れた部分がじんわりと温かい。ハッキリとかなたの温度のカタチが感じ取れる。その度に自分の鼓動が高鳴る。かなたの体温でエンジンに火を灯されたかのようだ。どくんどくんと高鳴る心臓は表情豊かで、改めて自分の肩が濡れていることを認知するとぎゅ、と心臓は苦しくなる。それこそ息が出来ないほど。そして先程の言葉を思い出した。
『前に悟をデートに誘って、悟は来るって言ってくれたけど結局来なかった場所』だと。もしかしたら、その時かなたは一人で泣いたのだろうか。酸素が見当たらない。途端に罪悪感と分からない感情がごちゃ混ぜになり、言い知れぬ感情のままかなたから離れた。かなたの丸い瞳からは光が零れている。その光に吸い寄せられるようにそっと唇を寄せると、かなたの唇は冷たかった。ひんやりとした柔い肉を唇で挟み、吸い付く。そのまま光を指で掬うと、かなたは大きく目を見開いていた。
「一人で泣かせてごめん」
「……悟がそんなこと言うなんてね」
「そうだね、僕もそう思うよ。……僕はいつも目の前のものが見えてないのかもしれない」
「悟」
「なに?」
「その後のことは本物の私に言って。あの子も一人で泣いてたと思うから」
 目の前のかなたが次第に光に包まれ、かなた自体が発光を始める。僕が一歩引き、瞬きをしたその直後、目の前は高専の自室だった。光と言えば窓から差し込む晴れやかな陽光だけである。僕は窓を開けるとまだ太陽の位置は高い。床に転がる球体の呪具を手に取ると、球体自体は真っ黒だが中に微かな光の粒が見えた気がした。この呪具は本物だ。だからこそ、自分は行かないといけない。
 かなたに会って、一人で泣かせてごめんと言って、それから。オマエが大切だって言ってみよう。どんな反応をするかは事前予習で大体分かっているから、ついでにキスのひとつでもかましてやろう。




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