お楽しみはのちほど


「僕も年取ったなぁって思うよ」
 
 クラッカーから飛び出たセロハンや紙吹雪を屈んで拾っていると、ふと悟がそう言った。意外な言葉に顔を上げると目が合う。本日の主役である悟はソファーにどっかりと身を沈めながら、七色のパーティーハットを被ったままだ。『本日の主役』という襷も掛けられており、いかにも浮かれた風貌の悟は先程まで学生たちに誕生日を祝われていた。発案者は虎杖くんだったようだが、結局一年生も二年生も集まり大きな会となった。こっそりと進められた準備の一助を私は担っている。虎杖くんと伏黒くんがケーキ、野薔薇ちゃんと真希ちゃんが飾り付け、パンダくんと狗巻くんが悟を会場から遠ざける係だ。私は飲み物を担当していた。お酒が飲めない悟のためのアップルタイザーは学生たちにも等しく優しい。この悟の誕生会に対する学生たちの反応は様々だった。
「五条先生ってこういうことビックリすんのかな!? どうせなら驚かせたくね?」
「あの人基本的に人望はないからここまでしてもらえるとは思ってないだろ、流石に」
「やるからには徹底的にやるわよ!」
「しゃけしゃけ」
「飾りいるか? 生クリーム食わせとけばとりあえず満足するだろ」
「誕生日ってのは飾ってナンボだろ〜! 悟の精神年齢小五くらいなんだし」
 悟はそんな会話を、会自体も最初知らず、私からの連絡でのこのこと部屋にやって来た。流石に全員が集合している呪力を不自然に思っただろうが、「おつかれサマンサ〜!」とハイテンションに部屋の扉を開けたらクラッカーの波に飲まれたのだった。その時の悟の顔と言ったらポカンと口を開けていて、誰しもが笑ったものだ。すぐに持ち直して「なになに〜?」と学生に混ざる悟は楽しげだった。
 
「だってさー、いちいち誕生日なんて覚えてなくない? すっかり忘れてたよ、僕」
「あー、なんか学生時代より誕生日の意識って薄くなるよね」
「そうそう。なのにこんな祝われ方しちゃってさ。くくく、柄にもなく泣いちゃうところだよ」
「それは言い過ぎでしょ」
「ホントだよ」
 
 悟はソファーから少し身を起こすと、テーブルの上の巨大なケーキに指を突っ込み、クリームをすくい上げて一口食べた。巨大なケーキは直径四〇センチはあろうかというサイズで、どうやら虎杖くんの手作りらしい。学生たちも少しずつ食べていったために食べかけだが、とはいえまだカタチを保っているところからも大きさが窺える。私はパーティーの痕跡をゴミ箱に捨ててからプラスチックのフォークを棚から取り出して悟に渡した。それを受け取った悟は指からフォークに切り替えてもぐもぐと巨大ケーキに挑んでいく。悟の大きい口に勢いよくケーキは消えていった。ケーキにはチョコレートプレートがついており、『五条先生おめでとう』と書いてある。悟はそれを指で掴み、避けてケーキを食べている。
 
「それ、食べないの?」
「僕楽しみは最後にとっておくタイプなんだよね」
「それって昔から?」
「ん〜、どうだろ。昔は真っ先に食べてたと思うよ」
 
 悟のその言葉で思い出すと、ショートケーキのイチゴは真っ先に食べてしまうし、フルーツタルトのフルーツばかり先に食べてしまったりしていた学生時代を思い出す。そう考えると悟はやっぱり大人になったということなのだろうか。
 
「……大人の余裕?」
「ハハ、そうかもね」
 
 もぐもぐと食べ続ける悟の横に座ると、柔らかいソファーが身体を受け止めてくれる。そのまま身を任せようとすると、悟の左腕が伸びてきて私の肩を抱いた。つい全体重を悟に預けてしまう。すぐにそこから抜け出そうとするが、悟の腕が思ったよりもビクともせず、脱走しようにも全く出来ない。仕方なく身体の力を抜くと、くしゃくしゃと頭を撫でられた。「いい子いい子」と言って笑う悟。なんだかまるで私が祝われているようだと思い、右手を伸ばして悟の頭を撫でくりまわした。柔らかくて白い髪はふわふわだ。その下で悟が大口を開けて笑う。悟はクラッカー攻撃を浴びてからずっと機嫌がいいのは火を見るより明らかだった。平常時より柔らかい雰囲気を纏った巨躯は印象が違う。その時、「ねぇ」と言葉が低音と高音で重なった。思わず目が合う。今日はなんだかよく目が合う日だ。
 
「ねぇ、アイマスク外して」
「いいの? 疲れない?」
「かなたしかいないから平気」
 
 その言葉を受けて、悟を撫でていた右手でアイマスクに指をかけ、恐る恐る黒い布を目元から取り払う。すると、豊かな白い睫毛がふるりと震える。ぱちりと開いた大きな瞳には宝石のような青い瞳が潤んで揺れていた。まさか、と思う。
 
「……マジで泣きそうなの?」
「そう言ってるじゃん」
「いや、だって……年取った?」
「だからそう言ってる」
 
 面白くて思わず私が噴き出すと、悟は少し唇を尖らせて私の脇腹に手を伸ばし擽り始めた。「ひぃー! やめて!」と私が叫んでも何処吹く風。こちょこちょなんて言いながらもっと荒々しい。擽ったさに身を捩り、悟から離れようと暴れると呆気なく後ろから悟に抱き締められた。ぎゅう、と腕ごと抱き締められ、腕の中にすっぽりとおさまる。瞬間、胸がどくんと高く鳴った。背中からじんわりと染みるように悟の温度を感じ、その熱が耳まで届いて熱い。首筋に悟の吐息を感じると下腹部がもやもやとしてくる。その事実がまた恥ずかしくて思わず大人しくなった私に、悟が「さっき何て言いかけたの?」と聞いてきた。これは分かっている反応だ。なんだか悔しいなぁと思うけれど、今日の主役を立ててやるかという気持ちにもなって悟の腕の中でぐるりと回転して向き合う。今度はアイマスクなしで正真正銘目が合った。煌めく瞳には光が差し、細かい光を反射させている。芸術的なカットを施された最高級の宝石。
 
「……メインは後に取っておくんでしょ」
「まぁね」
「じゃあ、私がここに残っていることって意味があったりするの? ……って、思って」
 
 言ってから、しまった、と思う。悟はこれでもかと言うほどにんまりしたり顔だ。やっぱり何でもないと慌てて背中を向けようとする私の腰を悟が掴んで動けない。点火した体温はすっかり顔を赤く染めている自覚があった。その頬に悟の指が触れる。ねっとりと。
 
「……待って、そっちクリーム触ってた方でしょ。手洗ってきてよ」
「生クリームプレイも良くない?」
「良くない!」
 
 そのまま腰に回っていた方の手が服の隙間を縫って肌着に触れ、肌着を捲られた。突然素肌に触れた悟の指先は冷たく、咄嗟に変な声が口から零れる。それが尚更悟の気をよくさせることは重々承知しているのだが、つい堪えきれない声が漏れていく。
 このままソファーで日付を越えてしまうんだろうから、日が変わってしまう前に言ってあげよう。誕生日おめでとう悟、って。
その時、ぽすりとパーティーハットが落ちた。




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