不器用な君はまったくしょうがない


「僕、最強になってもかなたの彼氏にはなれないんだよね」
 
 悟は大きな体躯を折り曲げ、長い脚を炬燵という狭い空間に収めながら言った。その声は悲観に満ちていたわけでもないが、快活そのものといった声音でもない。事実を淡々と述べる背景にはそれなりに苦悩があったのかもしれなかった。かと言って、『最強』という肩書きをそんなに軽く扱っていいものだろうか。
 私だって、と言い出してしまいそうな言葉を飲み込む。
 
「へぇ、悟がかなたを好きだとは知らなかったよ」
「好き……まぁ、好きなのかな」
「なんだい、それ」
「いや、これが恋愛ってやつかって思って。だって僕よ? 恋愛がどうのこうのとか言ってる場合じゃなくない?」
 
 まるで恋愛が暇人の特権だとでも言いたげな声と窓を叩く北風は重なって聞こえた。
 まだ一一月の中旬だというのに一二月の気温になる一日だ、と寝惚けたキャスターは曖昧な笑みでそんなことを言っていた。紅葉の波が押し寄せてきているかと思えば急に積雪の話題があがる。急激に下がった気温は人々を震えさせ、それは私と悟も例外ではなかったのだ。毎年の如く気温が下がると私が炬燵を引っ張り出してくるのを悟や硝子、かなたは知っていて、冬には私の部屋で同級生が集まるようになる。誰がどう言うでもなく集まる様は街灯のユスリカだが、それを言えば誰だっていい顔をしないだろうから心に留めている。
 
「ねぇ、聞いてんの?」
「聞いてる聞いてる」
 
 実際聞いていなかった私に、まるで彼女のようなことを言う悟が炬燵の中で私の脚を蹴るため、私も蹴り返すと炬燵の天板に脚をぶつけてガタリと跳ねた。すぐに悟は「気をつけろよ」と言い、それが少し癇に障る。
 
「悟忙しいならこんなところで恋バナしてる場合じゃないんじゃないかい」
「今は休憩中です〜。で? どうすりゃ付き合えると思う?」
「付き合う、ね」
 
 先程の会話からも察していたが、どうやら悟は同級生であり同僚のかなたにご執心らしい。悟が人に相談することなんてそうそうないことを思うと、余程好きなのだろう。
 
「念の為に聞くけど、いつから?」
「んー、高専三年の時からかな」
 
 じゃあ私の方が先だね、という言葉も飲み込む。
 
「一〇年近く片思いとは、健気だねえ」
「明確に好きとかではなかったけどね。気にはなってたよ」
 
 私は一年の頃からだったよ。明確に好きだと言える。一年の夏の頃から好きで、二年、三年と思い続けて、三年の秋に一度諦めた。しかし、彼女がいなかったら私は東京高専に身を置いてはいなかっただろう。私の重りが彼女そのものであるというのに、目の前の友人は「なんとなく好きっぽい」という曖昧な思いを一〇年抱えてきたという。
 悟は人の感情に少し疎い。というより、鈍いに近い。基本的には知識として理解したものを引き出しから取り出してそれらしくしていることが多い。そしてそこに悟自身の感情を僅かながら乗せるのだ。悟が鈍いのは、自分の感情に対しても同じだった。 
 そんな悟の好きな人と自分の好きな人が同じというのは何の因果なのだろうか。
 自分がモテる自覚はあるが、かなたにモテなくては意味が無い。そういう意味では悟の美しすぎる外見もさほど意味が無い。そもそも、かなたの好みが分からないという致命的な無知もあった。えもいえぬ感情を抱いていると、悟が「そういえば」と思い出したように口を出した。
 
「アイツ、背が高いのが好きって言ってたんだけどな」
「待って、その話詳しく」
「いつだったかな。先月? 硝子とかなたの会話聞いてた時に好みの話になって、背が高い人好きだよって言ってたの今思い出したわ」
「へ、へぇ〜。他には? 何か言ってなかった?」
 
 興味なさげを顔に貼り付けて返答するが、思わず声が食いついてしまうのでいたたまれない。しかしこれはチャンスだ。かなたが好きな悟を利用するようで悪いが、私だってかなたと特別な関係になりたい。
 三年の時に非術師のことで思い悩んだ私は、こんな私はかなたに相応しくないと決め込んで諦めてしまっていた。だが、ある程度大人になってからはあれが青い時期特有の悩みの種だと、ある程度割り切ることが出来るようになっている。それならば、諦めることはないのではないだろうか。だって、私の心の中心にはいつも彼女がいた。
 
「身体がデカくて」
「デカくて?」
「黒髪で」
「黒髪で?」
「長髪が好きなんだって」
「待ってくれ悟」
 
 なに? と悟は止まるが、私としてはあと三時間は時間を与えられないと整理がつきそうにない。
 高身長で身体がデカくて、黒髪で、長髪? 
 私じゃないか。
 唐突に理解が及ぶと身体中の毛が逆立つような感覚を覚え、口元を抑える。だめだ、にやけてしまう。
 暫く無言で顔を隠していると、炬燵の中の悟の脚がげしげしと私の脚を蹴ってくるが、今はそれをいなすだけの余裕があった。脚を引っ掛けて滑らせてやると、悟は小さく舌打ちをしてから天板に額をくっつけ、丸く縮こまった。
 
「かなたならそろそろ帰ってくるんじゃない」
「……様子見てくるよ」
 
 炬燵から脚を引き抜くと冷たさに身震いしたが、すぐにコートを引っ掛けて部屋を出た。背後からはつまらなさそうな「行ってらっしゃい」の声が追い掛けてくる。
 かなたが私のことを好き。
 嬉しさと興奮で染まっていた頭はまさに花畑だ。今にもスキップでも始めてしまいそうな私は北風に冷やされて、寮を出る頃にはかなたのことだけではなく、悟のことも考えていた。悟の言葉のどこからどこまでが冗談なのだろう。もし悟の言葉がどれひとつとして冗談が混じっていなかったのだとしたら、今どんな感情なのだろうか。
 そう思うと一瞬、歩みを止める。彼女の元へ行くべきか悩んで、結局前に歩みを進めた。ビュウビュウと耳元で鳴る風音が私の黒髪を攫い、視野が黒に染まると前方から「風やばいねー!」と大きな声を掛けられた。かなただ。
 
「おかえりー!」
「ただいま! 風すごくない?」
「風すごいよ。禿げそう」
「あはは! 風邪ひくよ。中に入ろうよ」
 
 そう言うかなたは小走りで近付いてきた。鼻先は真っ赤に染まっている。その鼻に吸い寄せられて、炬燵で温めてきた両手でかなたの顔を包む。私の手は大きいから両手で両頬を挟むとかなたの顔は殆ど隠れてしまう。手の隙間からはぷっくりと膨れた唇だけが零れていて、たまらず口付けしそうになるのを耐えて言う。
 
「かなた、実は私、昔から君のことが――――」
 
 
 
 二人で手を繋いで部屋に戻った時には悟の姿はそこになかった。




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