だいすきって言ってよ


「私のこと好きって言ってくれなかったらかなたのスマホぶち折るよ」
 
 スマホって折り畳むように出来てないんだよ、とか、いきなり脅してくるじゃん、とか、そもそもどうしてこうなったんだっけと思っているうちに私の首に夏油の腕がまわる。そしてそのままぐいと引き寄せられた。
 
 現状としては私の部屋の床に寝そべっている夏油を私が押し倒した上、足の短さゆえに完全に夏油の腹の上に乗っている状態である。ぐいぐいと首を引かれ、夏油の力強さで顔同士が近付いてどきりと心臓が跳ねた。慌てて夏油の顔の横にあった自らの右手を夏油の顔の前に差し出すと、不満げな声がすぐに返ってきた。「なんで」とか「嫌なのかい」だとか矢継ぎ早に飛んでくる私への不満を見るに、私と顔を近付けたいらしい。いや、行動からしてそれは明白なのだが、混乱した頭で分かることと言えばそれくらいだ。
 
 しかし考えなくてはならない。この状況を打破するために。すると差し込んだ右手を夏油にべろりと舐められ、咄嗟に身体が跳ねる。思わず夏油の腹の上で跳ねた身体は全く沈むことなく、岩のような夏油の身体はビクともしなかった。凄すぎて逆に怖いくらいである。夏油の唾液で濡れた右手をすぐに引っ込めて、夏油の腹上から抜け出そうとしたが腰をしっかりと掴まれてしまって抜け出せる気配は皆無だ。
 
「ちょ、離して夏油! お願いだから!」
「じゃあ私のこと好きって言ってくれる?」
「なんっで! やだよ!」
「悟のことは好きだって言ったじゃないか」
 
 その言葉でハッとした。事の発端はそこだったか。
 時間は三〇分ほど遡る。
 
 
「お前って結婚とかしないの?」
「うわ、五条の口から結婚ってワード出てくると思わなかった」
「僕のことなんだと思ってんの?」
「五条悟」
「いや、間違ってはないんだけど」
 
 休憩室で惰眠を貪っていると、予期していなかった人物が入室してきて慌てて身体を起こしたかと思えば先程の会話である。とりあえず考えてみるフリをしてはみるが、私にそういった気配はない。というより、私たちの代に色恋の噂は全くないのだ。私はさておき、五条、夏油、硝子と来れば選り取りみどりな外見をしており、それこそ「結婚とかしないの?」はこちらのセリフなのである。
 暫く眠っていたせいで冷えた身体で身震いすると、向かいのソファーにどかりと腰掛けた五条が私に向かって毛布を放り投げた。それをなんとかキャッチして「ナイス」と言うと、「顔面狙ったんだけどね」と返ってくるので本当にお前はそういう奴だな……と呆れて次の言葉が出ない。そうしていると五条は何事も無かったかのように白い手持ちの箱を開き始めた。見れば分かる。取っ手のついた白い箱はケーキが入っているに違いない。案の定そこからは宝石のようにキラキラとしたフルーツがふんだんに乗せられたフルーツタルトが登場し、目を奪われる。特に目に付いたのはブルーベリーが山積みにされたフルーツタルトで、恐らくはキルフェボンのタルトだ。見間違えないのは、毎年私が楽しみにしているものの一つだからに違いない。
 
「ご、五条〜、それさぁ」
「え〜?? なになに? これ欲しいのぉ?」
 
 こーの、いやしんぼ! とウィンクされて少々腹に立つが、背に腹はかえられぬ。両手を合わせていかにも懇願するポーズで五条に上目遣いをする。
 
「神様仏様五条様、どうかそのブルーベリータルトを一つお分けください!」
「え、嫌だけど」
「お願いお願いお願いお願い!」
「ちょっとちょっと!」
 
 ここまで来たら引き下がるわけにはいかない。わざわざソファーから移動して五条の足元に移動し、五条の太ももを握り揉みながらお願い! と連呼する。流石の五条も「うわ」という嫌悪感を隠していない。あともう一押しだ。
 
「旦那ぁ、太もも凝ってるんじゃないですか」
「セクハラで訴えるよ」
「その前にブルーベリータルト独占禁止法に引っ掛かるのはそっちなんだからな!」
「そんなもんねぇよ」
 
 次第に五条が「あーもう仕方ないな」という顔してきたので、ここはもう私の勝ちである。五条が箱から紫色に輝くブルーベリータルトを差し出し、小さなフォークも付けて差し出してきた。「ほら」と呆れを含んだ声に私はご満悦である。
 
「やったー! 五条大好き!」
「はいはい、感謝してよね」
 
 という会話が三〇分ほど前にあり、恐らくは夏油がその会話を聞いていたということだろう。そうは言っても前後の会話を聞いていれば私がブルーベリータルトちゃんの為に五条の靴を舐めようとしていただけだと分かりそうなものだが、どうやらそこの会話だけを聞いたようだ。目の前の夏油はブルーベリータルトよりも暗い色にギラついており、静かに怒りを滲ませている。どうしてここまで怒っているのかは分からないが、言うしかなさそうだ。
 
「げ、夏油好きだよ〜」
「違うだろ。大好き! って言わないと」
 
 監修入るんかい。
 そうは言っても、夏油に「好き」というのは五条の時にはない謎の緊張感がある。絡め取られるような、もう逃げ場がなくなるような気さえするのだ。私が言い淀んでいると、夏油は私のスマホを持ち上げ、大きな手のうちに閉じ込める。まずい。本気で折るつもりだ。
 
「ほら。リピートアフターミー、大好き」
「だ、大好き」
「誰のことが?」
「……夏油のこと、だ、だい……すき」
 
 なんだこの恥ずかしさは。途端に顔に熱が集まっていくのが分かり、ぱたぱたと顔を扇ぐ。すると夏油の顔もじんわりと赤く染まっていくものだから、その変貌ぶりに目がいった。交わる視線を逸らしたのは夏油の方だ。
 
「あー、うん。私、も」
「……夏油も夏油のこと好きってこと?」
「……本気で言ってるのかい」
 
 恨めしそうな瞳が私を射抜く。そう言われると言葉に詰まってしまう。だって、この流れで夏油に告白されるだなんて思っていなかった。いや、もしかしたら友情としての好きって意味かもしれないと現実逃避をするが、こんなに顔を赤くしながら言うことが友情だなんて天地がひっくり返っても納得がいかない。夏油は次第に眉が下がっていき、不安そうな顔へと変わっていく。なんて情けない顔をするんだろう。さっきまで私を脅していたくせに。疼く胸の真ん中には『夏油可愛い』という言葉が居座っている。頭を振っても振ってもその言葉がいなくなるどころか、どんどん胸が苦しくなっていった。可愛い。なんて可愛い奴なんだ。
 ものの数分前までは夏油のことをそういう目で見ていなかったというのに、現金なものだ。いいのだろうか。言ってしまっても。
 可愛い夏油のこと、好きかもって言ってしまってもいいのかな。
 
 黙り込む私の顔を不安げな夏油の顔が覗いてきたので、そのまま唇を奪ってやった。
 
「大好き」




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