私と君と世界


 私ってなんだろうね。
 
 そう言って傑の胸元に擦り寄ると溶け合った素肌同士がまたくっついて、大きな手が背中に伸びてくる。私の羽を失った肩甲骨を必要以上に撫でる傑は「どうして?」と聞いた。大きな手は汗で私の背中に張り付き、しっとりとした感触が背中から感じて息をつく。傑の伏せられた瞳は眠たげで、どうせ起きたらこんな会話覚えていないのだろう。それでも全然構わないのだけど、そんな状態でも私の肩甲骨を撫でながら私のつむじにキスをする傑が擽ったい。頭の中で一番敏感なつむじに柔らかい感触が触れてから、私も傑の筋肉の筋にキスを一つ落とした。呼吸をする。傑の温かい肌から立ち上る生の香りが鼻を擽った。むずむずと鼻の奥が疼いて、春頃の流行病をなんとなく思い出す。最早国民病の流行病は恋と似ているなんて、そんなことを発見した私は天才かもしれない。
 
 なかなか応えない私に傑がねぇ、と声を掛けた。無視しないでよの意味のねぇ、が二回。私がそれに応えるように喉から笑うと、傑が長い脚を私の脚に絡めてきた。ちくちくと傑のすね毛が私の脚を刺激するけれど、すっかりそれも慣れたもので実家の猫を思い出してくる。足元に擦り寄る毛先は動物を思わせた。傑はケダモノだから間違ってはいないかもしれない。
 
 夏用の薄い掛け布団の中で溶け合う私たちはいつまでこうしていられることだろう。このまま時計をぐるぐる悪戯に回して、そのまま死んでいけたらいいのに。しかしそんな夢物語はどうせ覚めてしまうから返事をする。
 
「だって、思わない? 私って何だろうって。私元々めちゃくちゃ性格悪いのに傑といると平坦になってくんだよね」
「坂がないと歩きやすいよ」
「でも走るには馬力が足りないよ」
 
 この世界は走ってないと駆け抜けられないんだよ、傑。ちんたら歩いてたら簡単に死んじゃうんだから。
 私のそんな言葉を聞いた傑は、分かっているんだか分かっていないんだか分からない顔で大きく欠伸をして、そのまま私の頭がすっぽり吸い込まれてしまうんじゃないかと思われるような呼吸をする。ぐわぁと広げられる口がライオンを思わせた。傑はライオンかな、いや、蛇とかかもしれないなぁなんて思考が逸れていくのは眠気からかもしれない。
 
 一晩中互いを求め合って、一ミリの隙間だって憎たらしくて互いの穴を埋め合う。そうやって過ごす夜は長くて短いので、殊更私たちは焦って汗をかきながら二つを一つにした。高専の狭いワンルームよりもっと小さいシングルベッドが私にとっての世界全てで、その全ての九分九厘が夏油傑という男によって構成されている。好き。その一言だけが私たちを繋ぎ止めていた。好き。それだけが私たちが世界に存在出来る理由だった。
 
「私映画好きだけど、両親は嫌い。でも両親が映画好きだったから私は映画を好きになれた。昔なんて洋画の最盛期だと思ってたけど、ただ私が殴られついでに映画観てただけなんだよね。好きだけど嫌い。私ってなんだろう」
「難しい話は昼にしよう。眠い」
「寝ていいよ」
「君が寝るまで、寝ないよ」
 
 そう言ってから傑の頭がかくんと揺れる。もぞもぞと動いて傑の顔を下から見上げると、すっかり枕に顔を沈めていた。眠いのなら寝かせてやろうかなと思うけれど、脳内を走る「私ってなんだろう」が消えない。思考が消えない夜は足掻いたって走ったって、匍匐前進したって眠れやしない。だと言うのに、とくんと跳ねる傑の心音が私の心臓にまで届くと感覚が蕩けていく。とろとろと解けていく思考と意識が傑の厚い胸板にくっついて離れない。もう一度「私ってなんだろう」と呟く。傑はむにゃむにゃと口を粘り気のある動かし方をした。
 
「かなたは私の世界だよ」
 
 ねぇ、空っぽな私の輪郭が君の言葉なんだよ。
 解けきった意識は傑と一つになって布団に吸い込まれていった。




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