青い花


 悟はお喋りだ。
 顔を合わせた途端に「おはよう」から始まって、今朝行った任務の話を矢継ぎ早に話し、その間に食べたスイーツの種類を補足する。
 私はそれに「本当に好きだよね」と返すけど、悟はその言葉では満足してくれない様子で話をし続けた。大きな身振り手振りつきの話題は悟の大きな口から溢れ出る。
 学生と任務に行ったら想像以上の成果が上がったこと。
 
「想定外のことなんて幾らでも起きるけど、それでもちゃんと生きて帰ってくる。学生たちもちゃあんと成長してるんだよ。若人の吸収力は侮れないね! あはは、僕はまだしも学長とかも歳だから若人と並ぶと時代が全然違うのなんのって。棘なんてずっとYouTube見ててさ。ちなみに最近の子はニコニコ動画知らないから逆に新しいらしいよ。時代って繰り返すよね〜」
 
 硝子ちゃんが禁煙を続けられてること。
 
「硝子がたまにシャーペンのノック部分を口に含んだりしててさ、禁煙してもう何年? 結構経つよね。五年とか六年? なのに未だに名残があるんだよ。ヤニ強くない? 未だに硝子が横通るとタバコの臭いする気がするもんね。僕たちがクズなら硝子はヤニカスだね。あ、これ硝子には言うなよ」
 
 伊地知くんが豚カツ弁当を食べようとしてソースの袋を切る時に勢い余り、シャツにソースを飛ばしてしまっていたこと。
 
「伊地知がさっき豚カツ弁当食べようとしてたんだけど、なんかすぐにガタッて立ち上がるから何かと思えばシャツの前がソース塗れになってやんの。くくく、アイツそういうとこ昔から抜けてるじゃん。なのに周りはあの伊地知さんが! ≠ンたいになってて爆笑しちゃったよ! しっかりはしてるけど抜けてるところは変わんないのにね」
 
 どれもこれも悟の周囲を彩る人々の話で、改めて悟は人が好きだなぁと心が和んだ。つい頬が綻ぶ。悟はそれを見るといつも「マヌケ顔」なんて言ってくるので、すぐに顔を正した。しかし、悟は未だに伊地知くんのことで笑っていたから、私のマヌケ顔は見られずに済んでほっとする。
 
 五条悟は孤独だ。
 最強を冠した存在は己のみで、生き物としてのレベルが他とは違いすぎる。ゆえに、周囲と同じではいられない。それは周囲の悟に対する反応を見ても、また、悟自身の周囲への対応を見ても窺い知ることが出来た。だからこそ、そんな悟が話題にあげるものが周囲の人達ばかり≠ネことが私はいつも嬉しい。でも、そんな悟の話題から私の話題が次第に減っていったのはいつからだろう。
 
 今日は天気がいい。先週の大雨が災害級で土砂崩れや床上浸水などを引き起こしたことがあって、呪霊もひどく活発化したのだが、そんなことを露にも感じさせない快晴である。時期はやっと暑さが萎み始めた秋だ。蝉の死骸もすっかり見掛けなくなり、湿り気をじっとりと含ませた空気はなりを潜めて、爽やかな風が辺りをくるくると回っていた。高専の周囲は森に囲まれていて、爽やかな風を殊更強く感じる。快晴の青には点在する薄い雲が分かりやすく季節の変化を訴えていた。そんな中で悟の白銀は光の塊のように光っている。艶のある唇はブレーキを知らない車のようだ。
 
「そういえばこの前学生から紅茶の茶葉なんて貰っちゃってさ。あんまり自分でそういうの淹れたりしないんだけど、折角貰ったし、そう! そのタイミングで丁度シフォンケーキ買ってきてたから紅茶淹れたワケ。まぁ流石僕っていうか、紅茶淹れるのもプロ級よ? お前にも飲ませてやりたかったね」
 
 その言葉に「今度淹れてよ」と言おうとしたのに、ピタリと急に止んだ声に驚いて声が出ない。どうしたの? と声を掛けても悟は何も言わない。近頃はすっかり黒いアイマスクが定番の悟は珍しくサングラスを掛けていて、その漆黒のサングラスの縁に陽光が当たってきらりと光る。そしてスローモーションのように悟の睫毛がゆっくりと上下する様が見えた。人間じゃないみたいに美しい男だ。
 
「ねぇ、かなた」
 
 なぁに、と答えると悟はそっとサングラスを外し、私に触れた。音を立てるのは足元の砂利だ。陽に温められた私は熱いくらいの温度を悟に与える。つるりとした表面を悟の長い指が滑り、やがて複雑な形をなぞり始めた。馴染みのある線の集合体は私の名前だ。
 
「お前って紅茶に砂糖いくつだったっけ。いつも見てたのに忘れちゃったな」
 
 そう言って名前の彫られた灰色の物体である私を悟は抱き締めた。温かい陽射しの中に線香の白煙だけがゆっくりと快晴に伸びていっていた。
 
 
 何が五条悟が孤独だ、だ。私は自嘲する。私でない私を抱き締める悟を上から見下ろしながら、静かに思う。
 彼の孤独の一助を担った。「愛を教えてほしい」と私に言った悟を置いて私はたかだかそこら辺にあるような任務であっさりと逝ってしまったのだから、悟の孤独は私のせいでもあるのだ。たとえ悟が私と共にいても孤独だったとして、それでもその心に寄り添うことは出来たはずなのに。なのに、そんな私を悟が責めることはなかった。こうして墓参りに来る時悟はいつもたくさんお喋りをして、その後に墓石を抱き締める。墓石なんてただの石なのに、私であるかのように大きな腕を広げて抱き締めた。
 
 このつるりとした無機質な石から私の愛が伝わりますように。
 愛を教えてやることが出来ますように。
 彼が孤独ではありませんように。
 彼の周囲を彩る人たちが笑っていますように。
 
 墓前に添えられる花はいつも青い。




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