ガールフレンド


言葉に意味なんて無い。
だから、『親友』なんて言葉にも意味は無くて、だから、『どこにも行かないで』と言った私の言葉を親友が受け入れてくれなくても、それは仕方の無いことなのだ。

親友のかなたには私の知らない彼氏がいるらしいことをクラスメイトQに聞いた。ただでさえ彼氏なんて生き物を私より近くに置くことを許せないのに、その上その存在をかなた本人ではなくてモブから聞いたことに私は胸がザワついていた。臓器の中で酸味のある液体がぐつぐつと煮えて、今にも口から飛び出してきそうだ。すぐに私はかなたにメールを送る。かなたは委員会で席を外していて、一緒に帰ろうという話はしていないけど私は当然のように彼女の帰りを待つ。

『彼氏出来たの?』

簡潔なメール文章。いくつも《Re》が付いたメール画面を指でそっとなぞる。違うよ、と返ってくるのを期待して貧乏揺すりが止まらない。すぐに返って来ない返事を苛立ちながら待っていると、ふと痛みが走って手元を見た。どうやら指先を噛んでいたようだ。歯型の残る指先が裂けて血が滴っている。かなた心配してくれるかな。そう思って、滴る血をそのままにする。まずは私に声を掛けてくれて、その後傷を見つけて驚いて手当てしてくれるのだ。保健委員らしいその行動に私は「大袈裟だよ」と笑う。これだ。絶対にこうなる。頭の中で生き生きと動き回るかなたのことを考えていると、ガラケーがぶるりと震えた。メール着信と書かれた画面を勢いよく開くと、かなたから一通のメール。

『誰から聞いたの?』

どくんと心臓が跳ねる。知らないうちにかなたの中で私が順位を落としていって、崖から崩れ落ちていく自分の様を想像してゾッとすると同時に、脳の辺りが熱でぼうっとした。返信を打つ自分は本能ばかりで、理性ではない。送信画面で見慣れた記号が行ったり来たりする様子を見てからハッとした。送信完了の画面をすぐに閉じて、自分が何を送ったのか確認する。手が震える理由が自分でも分からない。

『どこにも行かないで』

縋る文章だった。思わず手からガラケーがこぼれ落ちる。カツンという軽い音がしてからかなたからの返信が怖くて目と耳をぎゅと強く閉じた。何を言っているんだろう。

確かに、私とかなたは幼稚園の頃からずっと一緒だった。かなたのことが好きだという男子がいても、かなたは私の方が好きだと笑ってくれた。何度も何度もそれを繰り返して、中学受験も高校受験も同じ所を受けて今に至るというのに。それなのに、突然私の順位は底にまで落ちたのだ。

自分という存在を容易にビリビリに破かれたような感覚にぼろりと涙が溢れる。あの子の特別だったと思ってたのに。誰かも知らない男に奪われてしまうのだ。掌だって唇だって、その先の処女でさえ男に奪われてしまう。耐え難い現実に迫り上がる吐き気。口の中が隅から隅まで酸味でいっぱいになった。手で口元を抑えて何とか堪えるが、その時またガラケーが震えてびくりと肩が跳ねる。
なんとかガラケーを拾って画面を開いた。

『なんかあった?』

なんか≠ニいうものが、自分の裏切りだなんて1ミリも思わないのだろう。無垢で優しい返信に怒りで目が眩んだ。奥歯を噛んでも噛んでも口の端から液体が溢れる。許さない。許せないと思う。かなたの笑顔はいつも私の隣に在るのだから。

そう思って強い決意を抱いて保健室へかなたを迎えに行った。かなたはそんな私に相変わらず微笑んで「迎えに来てくれてありがとう」と言ってくれたのに、だのに、今目の前には知らない男が立っていた。

「夏油くん!」
「やぁ、かなた。用事で近くまで来たから寄ってみたんだ」

かなたは校門のところに立ち尽くしていた男の隣へ駆け寄る。男もそれに微笑んでいた。
一目で分かった。この男だ。かなたを誑かして私という存在を堕落させた張本人だ。身長は高く、身体全体が大きい。塩顔の男である。かなたはこういう顔が好きだっただろうか。自分の外見と男の外見の差異を探しては、腹の底がぐつぐつに煮えて仕方ない。ずるい。たかが男というだけなのに。ぽっと出の男のくせに。私がずっと傍にいたのに。何度も何度も口はそう言おうとするのに、心のどこかにいるもう一人の私が私を止める。理由は分かっていた。かなたが笑っているから。かなたが私の隣じゃなくても笑っているから。

それだけでやっぱりどこか嬉しくて、でもどうしようもなく悔しい。かなたの背後でぼろりと泣き出した私を夏油と呼ばれた男が見ている。私は懸命にそれを睨みつけることしか出来ず、今すぐ地団駄踏んで早く出ていけと叫んでやりたい。でも今だけは泣かせてほしい。男はそれを悟ったのか知らないが、かなたの背に腕を回して「友達は用事があるみたいだよ」とかなたを連れ出していく。振り向こうとするかなたに慌てて背を向けて走り出した。かなた。私の大好きな親友。あなたの中の1番じゃなくなったこの日、世界が端っこなんてないことを知ったよ。
『親友』なんて言葉に意味がないことを知ったよ。
血の固まった指先には鮮烈な痛みが走った。




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