青い春のエンドロール



終わらせる、という言葉は彼女にとって特別な意味を持っていた。

呪霊にしろ、呪詛師にしろ、非術師にしろ、呪術師にしろ。
彼女は終わらせてあげるのだと言って、祓い、葬り、弔ってきた。

だからその日、彼女が「終わらせてくる」と言ったのに対して、僕はいつも通り軽く手を振ったのだ。その時の彼女の表情すら見ることはなく。


電話を知らせる通知でスマホが小刻みに揺れる。その背景は本棚。僕の部屋の本棚がDVDで埋まっているのも、DVDだけでなくVHSのビデオデッキまで部屋にあるのは完全に彼女の影響だった。映画の感想を彼女に求めるのはいつだって不毛だった。彼女は映画の締めくくりしか語らない。
たいした終末主義者のようでもあったし、ただ“終わりよければすべてよし”を体現したいだけのようでもあった。

震えるスマホをただ見つめる。
名前は夜蛾正道と表示されていた。
軽薄さを纏った軽い声音を口から出そうとした瞬間、窓を叩く音がした。何度も、何度も。そういえば今日は天気が荒れるらしい。死体安置所を出てきた硝子がそんなことを言っていた。あの青い手袋は彼女の“ナカ”まで触れたのだろうか。もしそうであるなら、“ココロ”にまで触れたのだろうか。

応答、と書かれた緑の電話マークを押す。スピーカーにして、報告書の束の上にそっと置いた。

『悟、大丈夫か』
「ええ、まあね。どうかしましたか」
『……かなたから手紙が届いてる』
「は?」

取りに来い、と言われて電話は切れた。
つい今日、葬儀を終えたばかりの彼女からの手紙だという。「終わらせる」と言った彼女の話は、もう終わったのではないのか。

本棚の隅、もう暫く再生していないビデオテープに挟まれて倒れている写真立てを久しぶりに立てた。もうずっと倒したままだった。高専時代、青い2年目の春、携帯でなく、写ルンです、で硝子が撮ってくれた1枚の写真。傑、僕、かなたが桜の木を背景にして立っている。笑顔でもなんでもなくて、顔をしかめている。そうだ、確か陽射しが強くて目を開けられなかった。眩しかった。そんな写真。

僕は写真立てをしっかり立てて、部屋を出た。高専の廊下は10年経とうが寒いままで、きっと20年、30年経っても寒いのだろう。床だって軋んでいる。それでもその役割を果たし続ける廊下を進んだ。風が強く窓を叩いている。


「来たか」
「来ますよ、そりゃ」

大して広いわけでもない学長室のソファーに慣れたように座る。持て余す長い脚をせまっ苦しく折り曲げると、珍しく学長はサングラスを外した。少し隈が出来ている。生徒の前では出さない表情だ。お前はもう子どもではないのだと、そう言われている気がした。

「これだ」

出された手紙は茶封筒。ではなく、想定より可愛らしい花柄の青い封筒だった。春の空を思わせる空色に、薄色の花柄があしらわれている。中央には小さく、『愛しの同級生 五条悟くんへ』と書かれていた。

学長に許可をとり、その手紙を手にした。
手紙の封も花柄のシールで止められており、アラサーの女がアラサーの男に送る手紙には到底思えなかった。

慎重にシールを剥がすと、中からは2枚の紙と1枚の写真が出てきた。つい写真に目がいく。その写真は俺の写真だった。はて、いつの間に撮った写真だというのだろう。髪が短い。高専1年の頃だろうか。俺は共同スペースのソファーに腕を組んで座っており、口はまぬけに開き、目は閉じられていた。丸いグラサンは見当たらない。間違いなく、俺の寝ている時の写真だ。裏に何か文字が書いてある。

「……学長、中身見た?」
「そんな野暮なことはせん」
「あっそ」

なんでかなたがこんなものを。僕に。
写真だけでは分からない。
僕は几帳面に二つ折りにされている紙を開いた。冒頭に『愛する君へ』とあり、僕は息が詰まった。ぐにゃりと曲がり、霞む視界をよそに文字を追い掛けた。



愛する君へ

こんにちは。
手紙を書くのは随分久しぶりなものだから、形式ばったものは省くことにする。

まず、私が勇気のない弱い者で悪かったことを謝りたい。私は今まで色々な終わりを見てきて、終わりを迎えさせてきたけれど、私は今ここをもって、私を終わらせる。
せめて悟の手間を省ければと思い、この12月を選んだ。そこに関してはこれ以上何も言うまい。
今の今まで、ありがとう。ごめんね。
きっと葬儀は終わったのかな。
墓参りはいいよ。意味の無いことだから。
理由。うん。きっと知りたいのはそこだよね。私が私を終わらせると決めたのはついさっきなんだ。衝動的、でもない。
死にたい。終わらせたい。もうやめたい。
この、生きることも死ぬことも許さないような世界を自分から離脱したい。
贅沢だと思う。人を残して、死に方を選んで。狡いと思う。でも忘れていい。
元々出会わなかったことにしていい。
だから、共同キッチンの棚にある秘蔵のクッキーは食べていいよ。缶は指定の日に捨ててね。
それじゃ、さよなら。

追伸 私の大切な宝物を一緒に入れておきました。



終わりに拘る割に、締まらない手紙だと思った。思わず笑うと、その振動で何かが頬を伝って手紙に滲んだ。紙に滲みはどんどん増えていって、彼女の名前を小さく口にしたら、様々なものが口から溢れた。
馬鹿。
阿呆。
なんて罵倒は当たり前。
ちび。
ブス。
目の前で言ったら全力で呪力を乗せて腹パンしてくる言葉。


僕も──、


そこで言葉を遮ったのは学長だった。
そういえば、久しぶりに見たサングラスのしていない学長は、俺たちが学生の頃は嫌というほど見た素顔だった。

「お疲れ様」


先生。
担任の先生。
友達。
初めて出来た親友。
友達。
初めて出来た異性の友人。
同級生。
初めて出来た


初めて出来た、好きな人。



終わりなんてどうでもいいよ。
僕は気にしないよ。
だから、また。

またね。




クッキーの缶は火曜日に捨てた。
写真立ては水曜日に飾り直した。
カーテンを木曜日に買い直した。
お菓子をたくさん金曜日に買った。
かなたの遺骨を土曜日に食べた。

僕は日曜日に終わらせた。
月曜日には葬儀をやるのだろう。


最後はこの言葉で終わろう。
君の宝物に書いてあったこの言葉で。


「青い春!ありがとう!」




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