人間ごっこ



「安心したぁ」
そう言って笑った彼女には片腕が無かった。


私たち呪術師は人間なのだろうか。そう言って布団に潜った彼女は汗の冷えた身体をぶるりと震わせた。一頻り行為に耽った後は心地よい微睡みがやってきて、そうすると人間不思議なことに理性が薄くなり、日頃考えていることがよく溢れてはそこら辺に転がしてしまう。それは彼女も私も同じことで、身体を擦り合わせ、突き合わせた後にこうしてくっついて肌を溶け合わせながらぼそりぼそりと呟くことをしている。

昨日は確か私が吐瀉物の味のことをつらつらと語り続け、眠りの縁を行ったり来たりする彼女の脳に語り続けた。彼女の脳の記憶を維持するナントカって器官が私の愚痴をどう処理しているのか分からないけれど、それでも深夜はそうして過ごす。それだけが私たちの拠り所だった。日頃孤独感とやるせなさを鍋にぶち込んで煮立たせる中に身を浸して、それを神風特攻みたいに片手を上げて喜んで!と突っ込んでいくのだ。私たちはそういう人種に産まれてしまった。

「私たち呪術師は人間なのだろうか」

彼女が再び言う。それは私が返事をしなかったからなのだろうけど、私は正しい答えを持ち合わせている気がしなくて「うん」とだけ答えた。「それってどっち?」と笑う彼女の瞳は潤んでいた。真夏の情事はエアコンをガンガンにつけたところで全身の血液が茹だってどうしようもなくなってしまうが、水分をたっぷり含んだ瞳もどうしようもなさそうにしている。

「ダメだと思うのね。非術師と私たちって似てるじゃない。目が2つあって、鼻の穴が2つあって、口が1つあって、二足歩行で。大体の人は臓器の数も同じでしょ」
「歯の数って結構違うらしいよ」
「何でそんなこと知ってるの」
「テレビでやってた」

くすくすと彼女が笑う。その彼女のささやかな吐息が私の瞼をベッド下に引っ張っていく。固体の身体が緩やかに液体になっていって、変えたばかりのシーツに染み込んでいくのだ。そうやってよく分からないカタチになって数時間過ごしたら、また人間のカタチに戻る。一見すると呪術師も非術師も見た目に変わりはなく、まるで同じ生き物のように日常を過ごしているのが普通だ。

「でもさ、結局私たちが消費されていくだけなら人間と同じカタチじゃなければ良かったな。そうしたら、自分たちが生まれ持っての家畜だって分かるでしょう」

痛い言葉だなぁと思った。でも既に私は半分液体と化していたので、また「うん」と曖昧な返事をしてカタチを手放した。だから、次彼女と顔を合わせた時に彼女の右腕が無くなっていたことに気付いた時にはかなり驚いた。思わず身体中の力が抜けて、汚い地面にそのまま座り込んでしまうくらいには驚いていた。何に驚いたのかと言えば、なにより片腕を無くした彼女が柔らかく微笑んでいたからだ。

「見て!普通の人間と違う外見になれたよ!私、安心したぁ」

私たちが生まれ持っての家畜だと分かるようにしてよ、と脳内の彼女が笑っていて、どうして私たちは産まれてきてしまったのだろうと思う。犬も猫も鳥も魚も虫も人間も自分勝手に単独で生きることを許してくれているようで、ただ人間だけがそれを許していない。私たちはどうしてこんな世界に産まれてきてしまったのだろう。痛みを伴わなければ自分たちの瑣末な尊厳さえ守れないと言うのだろうか。そんな世界を誰が愛せと言うのだろう。

「次はね、足を無くしてみようと思うんだよ」

笑わないで。
空は晴れないで。
地球は酸素を生み出して回らないで。

私たちは人間の真似事をしているだけなのでしょうか。
結局正しい答えなんてなくて彼女に「うん」と言うことしか出来なかった私にも家畜としてのカタチをください。

私たちを人間にしてください。




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