煌々をお食べ


自室でこくりこくりと船を漕ぐ私の手元で携帯が震えた。思わず飛び起きて携帯を開くとメール着信の画面。差出人は夏油傑だ。急いで開くと見えた文面に思わず浮き足立った。

『ただいま。遅くなったけど今戻ってきたよ。会えそう?』

メールはすぐに返さない方がいい。なんていうテクニックを全て忘れて、すぐに返信を打つ。「おかえり!会えるよ!共同スペース行けばいい?」とテンションがやや高めの返信をしてしまうのは、相手が傑であればいつものことだ。慌てて鏡で髪を直し、薄化粧が崩れていないかも確認する。一応リップを塗り直していると、再び携帯の着信。

『良かったよ!共同スペースで待ってる』

携帯会社が違うことで絵文字が正しく表示されないことに気付いてからは、絵文字がぐっと少なくなった傑だが、文面からでもその機嫌の良さが伺えた。つい鼻歌を歌いながら全身鏡で全身をチェックしてから部屋を出た。関東が梅雨入りしたこともあり、しとしとと雨の音がする廊下はどこかひんやりとしている。しかし、その先には温かい光が灯っていて早足でその先に向かった。共同スペースを前にすると、何か固めの音が小気味よく聞こえる。何かを切ってる音だ。
もう夜は更けて22時をまわる時間だが、この時間に傑はよく腹が減ったと不満げな顔をするので夜食を作り始めたのかもしれない。温かな光に包まれた場所に顔を出すと、案の定、傑は台所の中にいた。大きな背中を丸め、台所の中にギリギリおさまっている。これは悟にも言えることだったが、台所の高さが足りなくていつも身体が痛いらしい。彼らの大きさがネックになる1つだ。

「傑、おかえり」
「ただいま。お腹空いちゃったよ」
「言うと思った」

くすくす笑いながら部屋を進むと、傑は顔を覗かせながら小さく手招きをした。ひらひらと踊る右手に誘われて台所に足を運ぶ。すると、ネギを刻んでいたらしい傑は包丁を置き、うずくまった。小さくうずくまりながら、再び手招き。そんな傑に倣って私もうずくまりながら近付くと、大きな手が頬に伸びてきて、あ、と思う間に影が顔にかかる。少しかさついた唇が触れ、何度も私の唇を食む。キッチンのカウンターにこっそり隠れてするキスは啄むもので、くらりとするほど傑の匂いがした。少しメントールの混ざった男性らしい香りはキスのせいか甘い。
頬に触れていた右手は気付けば私の首の後ろにまわり、左手は腰にまわっている。包み込まれながら何度も何度も唇を食まれていると、一歩傑が動いた瞬間にガタリ、とカウンターにぶつかった。その音で互いにハッと我に戻る。近さでぼやけていた顔が嬉しそうな顔で離れていき、たまらず私からも軽いリップ音をたてて傑の唇を啄んだ。驚いた顔の傑を残して立ち上がる。

こっそり隠れてキスなんてものをしているのは私の我儘で悟と硝子には交際を隠しているからだ。からかわれたくないという一心だったが、こっそり机の下で手を繋いだり、こうして隠れてキスをしたりするのは意外と楽しい。傑も楽しんでいるように見えるが、同時に堂々と交際宣言をしたいらしい傑はギリギリを攻めるようなことを繰り返した。2人がすぐ傍にいる中で私の服の中に手を入れてきたり、キスをしたりだ。隠しているんだか見せつけようとしているんだか分かったものじゃない。
「だってかなたは私のものだって言いたいじゃないか」と唇を尖らせている姿に胸がときめいてしまったのは私だけの秘密だ。

すっくと立ち上がった傑は軽く私の頭を撫でて、再び包丁を手にした。

「夜食作ろうと思って。混ぜご飯しておにぎり作ろうと思ってるんだ」
「ご飯残ってたの?」
「こういう時のチンご飯さ。常備してるんだ。ついでにカップ麺も作ろうかと」
「あ!この前テレビでやってたやつでしょ」
「そうそう。帰りにコンビニ寄ったんだ。1口食べるかい?」
「1口ね。おにぎりも食べたい」
「そう言うと思ったよ」

傑は上の棚から白い袋を取り出すと、中から見慣れた赤いパッケージのチンご飯を取り出し私に渡した。しっかり大盛りと書かれたチンご飯の蓋を少し剥がしてレンジに入れる。
レンジは悟が新しく買ってきたものなので、2つ同時にチンするのは造作もない。元々は1つずつチンしなければならなかったものを、面倒臭いの一言で次の日には新品になっていたのは驚いた。金の力は偉大である。

レンジを眺めていると傑の手が伸びてきて、お腹に手が回され、背後からそっと包み込まれるように抱き締められた。ほかほかとした熱を背後から感じてどきりとする。

傑とは付き合って4ヶ月になる。傑の誕生日に私が告白をして、傑は嬉々としてそれを受け入れてくれた。付き合って間もないとも言えるし、そろそろ半年なことを思えばそこそこ板についてきたとも言える。普段は人が来るような場所で傑が抱き着いてこようものならひっぺがすのだが、4ヶ月かぁ……としみじみしてしまえば、はがしてしまうのは何だか惜しい。それになにより嬉しいのだ。
お腹に回された手に自らの手を重ねると、傑の手がびくりと震える。そして、そっと指を絡められた。大きな手に長い指。節が太くて男らしい手だ。脳天まで突き抜けるような心臓の高鳴りにどぎまぎしていると、高いレンジ音。慌てて傑をはがしてレンジを開くと、後ろから傑の小さな笑い声がした。

「それ、ここに入れてくれるかい」
「わ、分かった」
「……動揺してる?」
「そりゃするよ」
「これからもっと凄いことするのに?」

えっ、と思わず手が止まる。すると途端に指先に熱を感じてチンご飯をひっくり返しそうになり、すぐに傑の手が伸びた。しっかりチンご飯をキャッチした傑に「動揺しすぎ」と笑われる。煌々と笑顔がきらめく。
いや、いやいや。凄いことって、その、凄いことですか?と訳の分からない質問をしそうになる私を他所に、傑はご機嫌のままボールにご飯を出している。そこに刻んだネギ、しらす、この前のたこ焼きパーティーで残った揚げ玉と青のりを混ぜ、更にめんつゆと少量のポン酢を混ぜて完成だ。しゃもじにご飯をほんの少しだけ乗せて私に差し出してくるので、一口だけ味見として食べると、なんとも美味しい。まだ揚げ玉もさくさくしていて、しらすの塩味とめんつゆ、そこに青のりが混ざると深い味がする。

「美味しい!」
「これ昔母親が作ってくれたんだよね」
「夜食に?」
「いや、運動会のおにぎり」

ゴリゴリのご飯じゃん。いや、ご飯だって夜食になるよ。そんなやり取りをしながらご飯をおにぎりにしていった。流水で手を濡らして握るが、傑の手のサイズから生まれるおにぎりと私のおにぎりではサイズ差がありすぎて、おにぎりの親子みたいだ。
そう感じたのは私だけではなかったみたいで笑い声が重なる。
ああ、好きだなあと思っているうちにおにぎりの親子は連なっていく。2人で手を洗い、私がその親子をテーブルに運んでいるうちに傑はカップ麺にお湯を注いでいた。

共同スペースのお湯はいつでも使えるように使ったら補充をするのが暗黙の了解で、カップ麺を注いだらすぐに水を足す傑の様子をぼんやりと眺めた。大きな背中がいそいそと動いている様はなんだか可愛らしい。
テレビでは深夜のニュースが流れており、上野のパンダがタイヤで遊んでいる。傑もアレに近いだろうか。ふふ、と笑うと傑が勢いよく振り向いた。

「今なにに笑ったんだい」
「上野のパンダ可愛いなと思って」

嘘はついていない。
傑はへぇーと言いながらお湯を零さないようにカップ麺をテーブルまで運び、私の向かいに腰を下ろした。

「いただきます」
「いただきまーす」

親おにぎりが2つ、子おにぎりが4つ並んでいるお皿に傑が手を出し、大きな1口でおにぎりは消えていく。私は小さなおにぎりを掴んで口に放る。うん。美味しい。
傑はもぐもぐと口を動かし、3分と書かれた蓋を2分ちょっとで剥がして割り箸で勢いよくラーメンも食べ始めた。そんな一挙一動を見つめることが好きだ。
どの仕草からも夏油傑を感じて、胸が擽ったい。そして可愛い。硝子に「悟はかっこいい系だけど、傑は可愛い系だよね」と言ったことがある。硝子は「は?」と訳が分からないという顔をして、「せめて逆じゃない?」と言われたものだった。そうなのかな。そう言ったけど私の納得いかない顔が面白かったのか硝子は吹き出して暫く笑っていたけれど、私はどこまでも真剣にそう思っていた。
でも世界中で傑を手放しで可愛いと言う女が私だけでもいいとも思う。優越感だ。

「……そんなに見られると穴が開くよ」
「1口くれないかなーって思ってただけだよ」
「ああ、はい」

割り箸で差し出された1口分のラーメンを貰う。こうして私たちは身体の成分を同じようにしていくのだ。同じものを食べて、同じものを飲んで、こうして日常を重ねて私たち自身が欠けようもない宝物へと変わっていく。
平凡な日常がこんなに煌めいて見えるのだから、これは間違いなく宝物だ。

「ねえ、傑」
「なんだい」
「傑にとっての宝物ってなに?」
「宝物か……今この瞬間かな」

そう言うと思ったって笑った私の頬に触れる傑の手は熱く、よく見れば傑の唇は薄く色付いていた。


次の日、悟から共同スペースでイチャつくのはやめろと怒られ、4ヶ月前からと明確な時期を添えてしっかりバレていたことを知った私たちはいたたまれなくなりながら、今度は堂々と2人の前でキスをした。

「今夜はなに食べる?」




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