お題企画 | ナノ


光ときみの隣




夏は存外すぐに終わる。7月には永遠にこの暑さが続いたらどうしようなんて思っていても、8月半ばを過ぎればあっという間に秋。陽は早々に落ちて、夜はむしろ肌寒い。海に行こう行こうと言っていたのに結局行かずじまいだった。

「それじゃあ、海に花火をしに行かない?」なんて傑が青春っぽい提案をして、車があればあっという間に行けるのになぁ、と思いつつ私たちは4人で電車に揺られ念願の海へと来た。
花火といえば夜だけど、帰りの電車のことを考えるとせいぜい夕方が限界だ。準備を終えて、花火を始めたのは17時。終わりかけた夏は、すっかり太陽を夕陽へと変え始めていた。

「悟、振り回さないでよ危ない」
「おい何て書いてるかわかる?」
「……たんす?」
「んなわけねーだろ!“さとる”って見えない?」
「見えない。写真撮らなきゃわかんないんじゃない」
「撮って撮って」

花火文字って、携帯のカメラじゃ映らないらしい。インスタントカメラを買って来れば良かったかな。
30分もしないうちに私の携帯は悟の写真で埋まり始める。合法的に悟の写真がたくさん撮れたから、やっぱりインスタントカメラは買って来なくて正解、かも。




「これ打ち上げ花火付いてるよ。いつやろうか?」
「締めだろ」
「ねえみんなで線香花火しようよ。負けた人があっちの崖まで行って、打ち上げ花火上げてくる刑」
「いいね。乗った」
「言い出しっぺのなまえが負けそうな気する」
「じっとしてられない悟が負けそうだけど」
「ほら、やるよ」

タバコを揉み消した硝子が、全員へ線香花火を配り始める。傑と自分の線香花火だけを、なぜかほんの少し指先でいじっていたように見えた。硝子の背中に後ろから抱き付くと、振り向いていたずらっぽく笑う。

「見た?」
「なにを?硝子なんかしたの」
「ヒミツ」
「えっ!ずるい」
「真剣勝負だからな。後で教えてやるよ」
「なまえ、硝子、始めるよ」

円になって、同時に線香花火に火をつける。むわりと火薬の匂いが立ち上って、夜に差し掛かった海の潮の香りと混ざる。波の音が大きい。真っ暗な夜の海で、私たち4人だけが眩しいくらいに明るかった。

「傑のやつ勢いヤバくね?」
「ほんとだ、爆発しそう。玉でっかい」
「持ち主に似るのかな」
「夏油下ネタやめろ」
「ちょっとやめて、笑わせないで」

ぱち、ぱちと火花が爆ける。小さい雷みたいなその光に照らされた悟の白い指がちらりと視界に入って、こっそり視線をやる。オレンジ色の光にぴかぴか反射する悟の六眼も、私をまっすぐ見つめていた。
まさか目が合うなんて、さっきまでふざけてたくせに。真剣な目に急に心臓が跳ねて、思わず腕がぴくりと動いてしまったその瞬間、私の線香花火が無惨にも砂の上へと墜落していった。それとほぼ同時に、悟の線香花火からも光が消えた。

「……おいーー!マジかよ」
「なまえと五条の負けー」
「えー悟のほうが早くなかった?」
「同時だったね」
「2人で行ってこい」

次に、重たげな火の玉を抱えていた傑の線香花火がぼとりと落ちて、硝子のはずいぶんと長い間保っていた。傑から「よろしく」と手渡された青いビニール袋には、打ち上げ花火が3発入っていた。




浜辺を南に進むと、さっき私たちがいた浜辺からちょうど見える位置に小さな崖がある。
低いとはいえ上まで登ると波の音がすぐ近く、低く唸っている。僅かな月明かりと頼りない懐中電灯だけでは足元も見えない。これはちょっと、いやかなり怖いかも。

「……おいなまえ、手かせ」
「え、いいよ」
「怖いんだろ。強がんなって」
「……ありがと」
「転んだら道連れだかんな」
「お互いさまだね」

初めて繋いだ悟の指先は、思っていた以上にひんやりとして冷たい。お互い引っ掛けるだけだった私たちの手には次第に力がこもっていって、花火を3つ並べ終える頃には、くっついてしまったみたいに強く強く手を繋ぎ合っていた。
海から吹き付ける潮風が肌に纏わりつく。風が収まるのを待っている間、悟も私も一言も喋らなかった。
繋いでいる悟の指先は、もう冷えてはいない。

「……夜の海ってさ」
「うん」
「真っ暗じゃん」
「そーだな」
「海の中から夜空を見ても、真っ暗なのかな」
「じゃね?夜空が明るかったら見えるかもしんないけど」
「昼間とは別物みたいで、ちょっと怖いね」

ふ、と悟が鼻で笑った。怖い怖いって子どもみたいなこと言ってるって、どうせ後で馬鹿にするんだろうな。
風が穏やかになったことを確認した悟がポケットからライターを取り出す。

「つけるか」
「うん。気をつけてね。着火から5秒後に打ち上がるって」
「手離すなよ。オマエが一番危ねえ」

そう言った悟に繋いだままの手を引かれると、ちょっとだけロマンチックじゃん、なんて頬が緩む。何事もなく夏が終わってしまうと思ってたのに、最後の最後でこんなご褒美があるなんて。

浜辺に佇む硝子と傑と思しき陰に向かって手を振る。振り返してくれたのを確認してから、悟がテンポ良く3つの打ち上げ花火へと火をつけた。
シューと火薬が弾ける音がして、煙の匂いが立ち上る。
着火から5秒、4、3……


すかさず距離を取ろうとしたはずの私の身体が、悟の腕に強く引かれる。悟はそのまま私を抱き抱えて、崖の方へと猛スピードで向かっていく。
次の瞬間、悟が目の前の崖を、海に向かって大きく飛び越えた。

「は!?うわ、っきゃーーーー!!」
「あっはっはっはーーーー!!」

悟の馬鹿みたいな笑い声と、私の死にそうな悲鳴が暗い海に反響する。逆さまの世界がスローモーションみたいに見えて、海面に落ちるまでの数秒が永遠かのように思えた。




冷たい、はずなのに冷たくない。
それは不思議な感覚だった。私と悟だけに透明の薄い膜が張っていて、海からも世界からも、私たちはふたりきりで取り残されていた。
悟に抱き締められたまま海の中から見上げた空には、打ち上げ花火が万華鏡のように煌めいている。
赤や青、緑の光が水を透過して、数センチ先の悟の髪にぴかぴかと反射する。その光たちのあまりの美しさに、海面へと手が伸びた。

「すごい、綺麗」
「俺といれば何も怖くないだろ」

はにかんだ悟の六眼の青が、海の紺色に浮かんでいる。綺麗で綺麗で、涙が出そうだった。恋しすぎて苦しかった。世界から遮断されたようなここで、ずっと悟とふたりでいたい。そう言葉にすれば楽になるのかもしれない。

打ち上がった花火たちがちかちかと点滅して、夜空に溶けていく。悟の無下限に身を任せていると、回されていた腕がより強く私を抱き締めた。
混乱と期待と少しの恐れで、目頭が熱くなってくる。悟の顔を見上げようと上を向くと、おでこに柔らかい何かが押し付けられた。

「……ずっと俺といろよ。守るから」
「それって、」
「なまえが好きってこと」
「……守るって、崖から?」
「はぐらかすな」
「恥ずかしくてつい」
「俺も恥ずかしいけど我慢してんの」
「ごめん」
「なぁ、オマエはどうなの。俺のこと」
「……分かってるくせに」

好きに決まってる。そう言葉にした瞬間、再びおでこに悟の唇が落ちてくる。悟の甘い笑い声が耳を掠めた。
抱き合ったまま、夜の海でふたりきりゆらゆらと揺蕩う。
もう花火はとっくに消えて、海には闇の色しか残っていない。それでも悟とふたりなら何も、ちっとも怖くなかった。





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