お題企画 | ナノ


夜の魔法を使う人




フレンチクルーラー、エンゼルクリーム、オールドファッションにチョコファッション、ハニーディップ、ポンデリング。飲み物はメロンソーダ。
ああ、見ているだけで太りそう。隣の傑へ視線をやると、眉間にシワを寄せながら悟を見つめている。私たち2人のしかめっ面に気がついたらしい悟が悪戯っぽく笑った。

「ゴチになりまーす」
「悟、いくら10代とはいえ甘い物の食べ過ぎは身体に良くないよ」
「うるせー知らねー」
「何で太らないの?本当ムカつくんだけど」
「なまえと違って頭使ってるからな」
「はぁ、そう」

粉糖を口の周りにくっ付けながらエンゼルクリームを頬張る悟が、だんだんと小さな子供に見えてくる。もはや怒る気も湧いてこない。好きなだけ食べてくれ。


先月の悟のナイスアシストのおかげで、私と傑は晴れて付き合う事になった。そのお礼として悟が要求したものが、「ミスドで好き放題食べたい」だった。
口出しと手出ししそうになる気持ちを堪えて、次々とドーナツに手を伸ばす悟をじっと見つめ続ける。傑の眉間には、さっきからずっと小さくシワが寄ったままだ。

「で、どうなのオマエら。もうヤッた?」
「ぶっ!」
「……悟、言い方が良くないな」
「もうおヤリになった?」
「変わってないよ」
「そこじゃない!ちゃんと否定してよ。まだ!まだです!」
「……ふぅーん?」

唇についた白い粉糖をぺろりと舐めとった悟が、何かを企むように笑う。傑の事を上から下までゆっくりと見て、ふふんと鼻先で小さく笑った。

「耐えてんのな」
「え、そうなの?傑」
「だって傑「悟、ストップ!」
「おい何で止めんだよ」
「余計なこと言うつもりだろ」
「今更じゃね?」
「なになに悟、教えて」
「ほら、なまえも知りたがってるし」
「……はぁ。好きにしなよ」

少しだけ照れた様子の傑が、ドリンクのストローをかき混ぜる。中の氷がぶつかってがちゃがちゃと音を立てた。

「傑さぁ、入学してすぐの頃からずっとオマエのこと可愛い可愛いって言ってた」
「うそ」
「マジで。ずっと好きだったんだよな傑くん」
「本当に?」

そんな素振り全く見せなかったのに、まさかそんな風に思ってくれていたなんて。
傑の方に身体を向けると、ついさっきまで照れていたはずの傑が薄く微笑んでこちらを見つめていた。

「本当だよ」
「そっそんな……」
「私からしたら、君のことを可愛いと思わない男なんてこの世にいないと思うんだけど」
「うっ」
「オッエ゛ー」

「悟、黙って食べな」と低い声で牽制した傑の大きな手が、悟には見えないように背中へとそっと添えられる。ワイシャツ越しに伝わる傑の熱で、そこだけ溶けてしまいそうだった。
傑の唇が耳元に寄せられる。私にしか聴こえないくらいの小さな声で、「なまえの事がずっと好きだった」と言われて、いよいよ私の頭の中まで溶けてしまいそうになる。
大丈夫?もしかしてこれって私の妄想だったりする?上手く相槌が打てず、もじもじと身体を縮こませることしかできない私の様子を見た悟が「こりゃ時間かかるわけだな」と呆れた声を出した。
6個あったはずのドーナツは、いつの間にか残り1個になっていた。






「お邪魔します」
「どうぞ。水かお茶どっちがいい?」
「水がいいな。ありがと」

ドーナツを6個も平らげた悟を見ていたせいか、全くお腹が空かずに夜ご飯もほとんど食べられなかった。別に、今夜傑の部屋で映画を観る約束をしていたせいではない。
と思いたいものの、悟が昼間あんなことを言ったせいで変に意識してしまう。借りてきた猫状態ってこういうことか。どこに座ろう。床?それは変かな。
迷いを悟られないよう自然にベッドの縁に腰を下ろした。はずだったのに、水のペットボトルを持ってきた傑は心底おかしそうに笑っていた。普段は鋭い印象なのに、目が無くなっちゃうみたいなこの笑顔たまらないよなあ、なんて、そうではなくて。

「なに笑ってんの」
「なまえは本当に可愛いね。昼間、悟に言われたこと意識してるの丸わかり」
「そりゃするでしょ」
「安心して。許可なく取って食ったりはしないさ」

別に傑になら取って食われても構わないのに。とは流石に言えない。傑は全く意識していない様子でけらけらと笑っていて、その様子に私も普段の調子が戻ってくる。
傑の腕を引っ張ると、自然とベッドに2人ごろりと転がった。

「へぇ、許可は取ってくれるんだ」
「なまえの事を大切にしたいからね」
「……うん」
「さ、映画観ようか」
「傑」
「ん?」
「もうちょっとだけ、くっつきたい」

すぐ正面にある傑の瞳が揺れたような気がした。切なげなその表情は初めて見る傑の顔で、途端に心臓が跳ねた。
私の首に添えられた手は、迷うような緊張感を孕んでいる。
下へと滑り落ちるか、頬に触れるか。

「……おいで」

首の後ろへと回った手が、力強く私を引き寄せた。
柔らかな唇が重なって、触れるだけのキスを数回繰り返す。傑の舌が隙間から差し込まれて、私の舌はいとも簡単に攫われてしまった。
すでに何度か交わした、舌を吸い合うキスはたまらなく心地よくて何時間でもしていたいくらいだった。
でも今日のキスは、そのキスとは少し違っていた。

「ん、ふ、ぅう」
「舌、出して」
「ん」
「良い子だね」

口内の深い部分を舌先でくすぐられて、擦られる。上顎の凹みを確かめるみたいに舐められると、ぞくぞくと腰に痺れが走った。
こんなキス、知らない。腰が気だるくなってきて、その気だるさを逃がそうと自然に腰が揺れる。
羞恥からうっすらと目を開けると、傑の瞼もほぼ同時に持ち上がる。傑のこんな顔も、知らなかった。

「す、っぐる」
「なまえが煽ったのが悪い」
「そんな、こと」
「あるさ。ずっと君と……こうしたいと思ってた」

的確に私を追い立てるキスの合間に、傑は悩ましげな声で囁き続ける。

「なまえ、好きだよ」
「……わたしも」
「君は本当に可愛い」

耳が、舌が、唇が、溶けてしまいそうだった。
告白してくれた日のミントの香りのキスとは全く別物の、甘い毒のような言葉とキスを、私はただひたすらに享受することしか出来なかった。
傑がたまに漏らす鼻にかかったような吐息ですら甘い毒みたいで、指先まで気だるくなる。それなのに、この気だるさを今すぐめちゃくちゃに発散してしまいたい。こんな気持ちも、私は今まで知らなかった。
傑の指先が腰へと移動してくると、微かな期待から身体がぴくりと逸れた。どうしたら良いのか分からずに胸に顔を埋めると、あやすように腰を撫でられて優しい声が降ってくる。

「今日はもう何もしないよ」
「……今日は?」
「うん。今日は」

数ミリ先の傑が、ニンマリと妖しく笑った。

「次は約束できないな。だから、用心して来て」
「……なんか、悔しい」

ついさっきまでの嵐のような口付けに未だ混乱している私とは真逆で、傑は悠然とした笑みを浮かべながら私の髪を弄ぶ。

「じゃあ次は朝に来るね。また起こしてあげる」
「それは……恥ずかしいな」
「傑の寝起きってすーっごく可愛いよね。赤ちゃんみたいで」
「なまえ、怒るよ」

がばりと大きな身体が覆い被さってくると、顔や首、髪に傑の鼻先と唇がめちゃくちゃに押し付けられる。
「ぎゃーやめて!」とふざけて放った声は、自分で思っていたよりも幸福の色を含んでいる。くすぐったさに身を捩る私を押さえ付けようとする傑も、やさしい瞳で笑っていた。

「これから早起きの時は傑のこと起こしてあげる」
「嬉しいけど、なまえに起きてもらうのが申し訳ないよ」
「任せて。傑のためなら何時でも起きる」

私を抱き締める腕に力が込められる。「可愛い」と囁かれるたびに、このまま私の身体が砂糖になって溶けてしまいそう。今日だけでもう何回言われたか分からない。好きな人に可愛いと言われた時に、世間の女の子は何て返事をしているんだろう。

「朝が苦手だなんて意外な弱点だよねぇ」

嬉しいやら恥ずかしいやら、どうしたらいいか分からないせいで他愛もないセリフしか出てこない。
ふと、傑の目にさっきまでの揺らめきが戻ってくる。それとほぼ同時に、耳元に寄ってきた唇から内緒話のような囁き声がこぼれた。

「そうだね。……私は夜の方が得意なんだ」
「どっ」
「ど?」

「どういう意味?」って聞こうとしたけど、それって逆にイヤらしい事考えてるみたい。さっきのいつもと違うキスの感触が急に思い出されてきて顔が熱い。くらくら目眩までしてきて、耐えられなくて傑の肩に顔を押し付けた。
「ふっ、あっはは。なまえは本当に可愛い」
飽きもせずに「可愛い」を繰り返す傑の柔らかい声が、私の身体をじわじわと蝕んでいく。
今夜は私たち、結局映画なんて観ないんだろうな。






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