お題企画 | ナノ


必要十分痛み分け*





“彼”との初回のデートは日曜日だった。ランチをしてから、映画を観た。それから喫茶店で映画の感想を2時間ほど語り合って、軽く夕飯を食べて「お互い明日も仕事ですから」とかなんとか言いながら20時前に解散した。
彼は地下鉄の改札口まで私を送ってくれて、3メートルほど歩いたところで振り返るとまだ改札前に立っていた。こちらに向かって手を振りながらニコニコと笑った、あの平々凡々な佇まいを電車の中で回想する。悪くないかもしれない、と思った。



そういう健全で、いわゆる正しい大人がするようなデートを3回ほど繰り返した。今日告白されるかなと思っていたけど、おそらく次回だろう。呪術師という仕事は一般人に説明するのは難しい。仕事を聞かれても「フリーの探偵みたいな感じアハハ」とか何とか適当に誤魔化したせいか、向こうも少し不安なのかもしれない。もっと良い誤魔化し方あったよなあ、フリーの探偵ってなんだよ。
こうして他人同士のまま、徐々にその殻を柔らかく解し合いながら距離を縮めていく感覚。若い頃の凄い速さで落下するみたいな恋の始まり方とは別物だけれど、まぁこれはこれであり。いよいよ私も真っ当な恋愛を始めるのだ。
男ウケカラーと宣伝されていたピンクのマニキュアを塗った爪が22時の電車の蛍光灯に鈍く光る。趣味ではないそのマニキュアは、すでに爪の先が禿げかけていた。


最寄りの駅が次に迫って、時間を確認しようと見たスマホの画面には『新着メッセージがあります』と表示されていた。私の脳は真っ先に“彼”を思い浮かべて、心臓は勝手にぎゅっと小さくなる。彼というのは先ほどまでの3回目デートの彼ではない。凄い速さで落下するように恋をした相手、同期でありセフレでもある五条悟のことだ。
『今どこ?』の4文字から、悟のテンションを分析しようと頭を巡らせる。
@ヤリたいからうち来なよの今どこ、A暇だからメシ行こうよの今どこ、B滅多にないけど任務関係の今どこ。Aの今どこは結局ヤることになるけれど、多分これは@だろう。無視を決め込むことにして、スマホをバッグの底へと滑り込ませた。

電車が自宅の最寄りの駅へと到着すると、改札に溢れんばかりの人が殺到する。その熱をかき分けながら地上に出ると、駅前地図看板の脇になぜか悟が立っていた。
私の日常であるこの見慣れた景色に、190センチ超えの美しい男がぽつんと立っている様子は異質極まりなくて、悟に会わないようにと我慢していた私の脳がいよいよバグを起こしたのかもしれなかった。
こちらの姿を捉えたのであろう悟の青い瞳が見開かれる。

「よっ」
「え、悟?」
「オマエ何で返信しないの」
「うわ喋った。本物」
「は?何言ってんだよ」
「何でここにいるの」
「なまえが僕のところ来てくれないからこっちから来ちゃった」

改札から伸びる階段は続々と人を吐き出し続けていて、そのほとんど全員がすれ違いざまに悟へと視線を送っている。すれ違った女子高生達が「やばいイケメン!」と騒ぐ甲高い声が耳に触る。

「オマエ最近僕のこと避けてるでしょ」
「……まぁ、うん」
「ひどーい!ヤリ捨て?!」
「ちょっ、やめて静かにして」
「まあ立ち話も何だからなまえんち行こうよ」
「いいけど、それ悟が言うセリフかなあ」




駅から徒歩2分であることが決め手になって借りた私のマンションは、悟の家の一部屋くらいの広さしかない。昨日掃除しておいてよかったと胸を撫で下ろしつつ、悟が私の家へ来るのなんて、今の家を借りたばかりの時に硝子と遊びに来た時以来だった。妙な緊張感に手が強張って鍵が開けづらい。

「……どうぞ。散らかってるけど」
「おじゃましまーす」

先に玄関へ入った悟が奥の部屋を覗き込む。

「うん、まあまあ散らかってるね」
「いきなりだったんだから仕方ないでしょ」

悟が突然来た、その真意が掴めないままだった。コイツは普段から何を考えているのか分かりづらいのもあって、意図的に隠されてしまうとお手上げだった。
まさか、だだヤリにきただけだったらさすがに笑えるしどうせ受け入れてしまうのであろう自分も笑える。どんだけ都合のいい女なんだろうか。

「ねえさとる、っ」

振り返りざまに問いかけた私の肩が、玄関の壁に押し付けられる。目前に迫っていた悟の六眼は相変わらずただ美しいままで、小さな揺れすら無かった。

「今日も可愛いね」
「……ありがと」
「でもマニキュアの色は趣味悪い。最悪」
「ふふっ、だよね」

悟の声は不自然なほどに甘くて、低い。シューズボックスに置かれた鍵の横に、無造作に自身のサングラスを放り投げた。

「なまえ、今日誰と会ってたの」
「……友達」
「嘘つき」
「ん、っあ」

肩を掴む指に力が入る。身体を強引に反転させられたと思うと、首筋に柔らかい舌がするりと這った。性急にも思える手付きで私のブラウスを肌蹴させた悟の手が、ゆるゆると胸の先端を摘んでは転がす。
駅で悟の姿を見た瞬間からこうされることを望んでいた自分に嫌気が差しつつも、悟に触れられた所は途端に熱を持ち始めて自然に腰が揺れてしまう。

「ぁ、さとる、ん」
「なまえはずるいよね。友達って言って、僕が離れていかないように予防線張ってんだろ。本当に拒みたいんなら『好きな人がいるからもう会えない』とか言えば良いのにさぁ」

私に触れる指先と舌の優しさとは裏腹に、淡々と図星を突いてくる悟は些か怒っているらしかった。

「そんなに僕とヤリたいんだ。ここ気持ちいい?さっきから腰揺れまくってるけど」
「ちが、ぅ」
「オマエはこうやって僕から離れらんなくてぐずぐずしてれば良いんだよ」
「ん」
「ずっと僕のことだけ考えてれば良いの」

カチャカチャと金属の音が響いたと思うと、顎を強く掴まれて引き寄せられる。悟の舌が口内に荒々しく入って来たのとほぼ同時に、腰を抱き込まれて悟のものが奥深くまで押し入ってくる。その圧迫感に思わず息が止まると、悟の舌が呼吸を促すように私の唇を優しく舐めた。

「う、ぁ、やっ」
「は、きもちー」
「深っ、んん、さとる」
「逃げんな」

律動はどんどん早くなる。玄関に響く水音と、肌がぶつかる音、悟の荒い呼吸。彼が小さくこぼす苦しげな吐息に、膣壁がぴくりと反応する。
腕がお腹に回って、強く引き寄せられる。お腹に置かれた大きな手のひらに力が込められると、中と外から悟のもので膣内を刺激される深い快感で、目の前に火花が散った。

「や、それやだっ」
「嫌がるふりしなくて良いよ。こうされるの大好きでしょなまえは」
「うぅ、あ!ん」

壁に押し付けられている右肩が壁に擦れて熱い。悟の顔を見たくて身体を捻ると、大きな手に制される。

「だーめ」
「や、悟の顔、みたい」
「……どうして?」

どうして。悟のことが好きだからに決まってる。
でもそれを言葉にしてしまったら、私たちがどうなるのか想像もできなかった。
だって悟は、悟の心は、

「え、なまえなんで泣くの」
「わっ私が泣いたり、っう、叫んだりしたら」
「……うん」
「悟の心が、私だけのものに、なるの?」
「は?」
「さとるは、私以外にも女の子いるじゃん」
「いないよ。少なくともここ2年はいない」
「……どうして」
「なまえ以外の女を抱こうって気にならないから」

悟の腕が緩んで、制されていた身体が自由になる。繋がったまま悟の方へ向き直ると、彼は空のような六眼を丸くしてぱちぱちと数回瞬きをした。
子供じみたその表情に思わず涙が引っ込む。もしかして悟、分かってない?

「悟は私のこと、どうしたいの」
「どうって」
「私が他の男の人とシたら、やだ?」
「絶対やだ。なまえが他の男とヤるとかありえない。ていうか、僕以外の男のこと1秒でも考えてる時点で虫唾が走る」

そう言ってしかめ面のままべっ、と舌を出した。
悟の腕によって支えられている身体は安定していたから、そのまま脚を悟の身体に絡める。強く抱き締めると、未だに体内に埋められている悟のものが擦れて、置いてけぼりになっていた快楽が燻り始める。

「……悟、それって私のことが好きってこと?」
「やっぱり?」
「悟は私のことが好きなんだね」
「……なまえも」
「うん?」
「僕のこと好き?」

散々惑わされた仕返しに、返事の代わりに唇を塞ぐ。目を閉じない悟のまつ毛がはたはたと揺れる。指先で耳たぶを柔らかく揉むと、重なった唇の隙間からふたりの熱い呼吸が漏れた。
持ち上げられたままだった私の身体ごと悟がリビングへと移動し始めると、その動きに連動した下腹部がたまらなく切ない。腰を数回打ちつける。ふたりの体液がぐちゃぐちゃに絡みついた粘膜が擦れて、リビングにある小さなソファに悟が腰を下ろした瞬間、私だけじゃなくてお互いに我慢の限界を迎えたらしかった。

向かい合ったままのこの体位だと、奥まで悟のものでいっぱいになる。腰を前後に揺すられるとお腹側のイイところに当たって、身体中の血が沸騰しているみたいだった。
逃げ出したいほどに気持ち良い。このまま私の身体を壊してほしい。やり場のない衝動と愛おしさに悟の頭を掴むと、顔を寄せた悟はキスを渋るように私を見つめた。
目前に迫っている悟の六眼は相変わらず美しくて、熱に揺らめいている。

「オマエは、僕のこと独占したくないの」
「んっ、ぅ、したい」
「……僕だけって言いなよ」
「悟だ、け」
「僕だけがほしいって」
「悟だけが、っほしい」
「うん。誰にも渡さないし、なまえはどこにも行かせない。ずっと僕のことだけ考えてて」
「……悟、好き」
「僕は、」

何かを言いかけた桃色の唇が、ゆっくりと弧を描いた。そのまま重なった今までにないくらい熱っぽい口付けに、私と悟の舌がくっついて溶けちゃいそうだ。
「……好きっていうより」息継ぎの合間に離れた悟の舌が、浮かされたみたいに囁いた。
「愛してるのかも」
そうかもしれない。この痺れるみたいな執着は恋じゃなくて、愛、なのかもしれない。
楽しげに笑った悟の唇が、胸元へと滑る。赤い跡があちこちに散らばっているであろう自分の肌を想像しながら、悟を強く抱き締めた。





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