たそがれ


ぷつ、と、何かが千切れる音がした。
私の中で引き合っていたはずの均衡が失われ、揺れていたことがまるで嘘のようにすんなりとその「本音」は掌に収まる。

──その後の記憶は曖昧だ。
ただ、なまえに笑っていてほしい。そう思ったことだけは、覚えている。







ついこの間まで夏だった季節はあっという間に秋に変わって、古い高専の校舎には夕方の隙間風が吹き込み、少し寒い。さむっ、と思わず声に出すと、すかさず手を取ってくれていたはずの傑がいなくなってしまったことを改めて実感してしまう。


傑にはじめての恋をして、彼もそれに応えてくれた。隣を見れば傑がいて、微笑んでくれる。私に優しく触れて、甘い声で気持ちを伝えてくれた。私は、あの柔らかな幸せがずっと続くと思っていた。

高専の校舎のどこを歩いたって、傑の影が私を追いかける。まだ付き合う前に自販機の前で夜中までお喋りしたこと。共用キッチンでカップラーメンを分け合ったこと。教室やグラウンドの隅で隠れてキスをしたこと。傑の部屋で何度も何度も抱き合ったこと。


気温のせいか、冷え切っているドアノブに手をかける。がらんとした室内に入ると、そこはまるで別人の部屋のようだった。荷物はそのままだけれど、普段から整頓されていた傑の部屋。あの夏の夜と、何も変わらないはずなのに。

そっとベッドに身体を横たえて目を閉じると、遠くに蝉の鳴き声が聞こえてくるような気がした。傑の笑顔を思い出そうとしても、浮かんでくるのはあの決意の直前みたいな顔だけだ。

あの夜、傑はなんて言っていたっけ。

私も、傑と一緒にいたかった。私が、傑を幸せにしたかった。でも傑が本当に幸せにしたいのは、誰なんだろう?

傑のベッドに私の涙がじわじわと滲み、濡れたシーツはひんやりと冷たい。起き上がるための力を込めようと、思い出になっていく私の中の傑に向けて、わざと大きな声をあげた。

「傑、笑ってよ」


窓から差し込む夕陽が、私の目を強く刺す。その陽はあまりにも眩しくて、早く沈んでしまえばいいと思った。





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