08



帰り道、ふとパン屋の窓からチョコクリームがぎっしり詰まったチョココロネが見えた。
あれってどっち側から食べてもチョコクリームが出てくるよなあ、と思いながら帰路を急ぐと、とろりと柔らかいチョコレートクリームが恋しくて仕方なくなってくる。でももうパン屋は通り過ぎてしまったし、戻ってまでチョココロネを買うのもどうなのか。それに、甘い物ならうちの専門家にお願いしたほうが手っ取り早いかもしれない。
悟へ「柔らかめのおいしいチョコ食べたい。ケーキでも可」とLINEを送ると、すぐに既読がつく。

悟はどんなに忙しくても、私がこういったお願い事をするのを喜ぶ。「与える喜びってやつだよ」と、ニンマリ笑う彼の顔が思い出されて、今夜悟が私に与えてくれるであろう、チョコレートの甘さに想いを馳せた。


「なまえーたっだいまー!」
「おかえり悟。おつかれさま」
「ありがと。はい、これ御所望のやつね。冷蔵庫入れといて」
「やった。チョコ食べたかったの」

その有名なチョコレートのお店の袋は、これだけで1000円はするんじゃないかと思うくらいに重厚だ。
持ち上げた時のどっしりとした重さからも、2人分以上のケーキが入っていることは明らかだった。
バタバタと着替えを済ませた悟が駆け寄ってきて、私の頬を両手で包んだ。シトラスのハンドソープの香りの後に、悟の柔らかい香水の香りが追いかけてくる。ふわふわの唇が私の唇にくっ付いて、悟がそのまま「ただひま」と言ったから「おはへり」と返すと、開いた唇の隙間から悟の舌がするりと滑り込んだ。


「ん、悟」
「んー……なまえが可愛いお願い事してくるから、任務中だったのに興奮しちゃった」
「あはは、チョコで?……んん、ん」
「僕がなまえのおねだりに弱いのは知ってるでしょ。ねえ、先にどうにかしていい?」
「ダメ。ご飯食べてからね」
「ちぇ。はーい、良い子にしてるよ」


きっと悟は山ほどチョコやケーキを買ってきてくれると確信していた私は、なるべく低糖質を意識した献立を用意していた。
その予想はばっちり当たっていて、夕飯後に例の重厚な袋を恐る恐る開けてみると、そこには綺麗に並べられた宝石みたいなチョコレートの詰め合わせが3種類、柔らかそうなチョコクリームがサンドされているクッキーが2箱、そして艶々とした、チョコレートのお姫様たちみたいなケーキが4種類入っていた。

どうせ悟が殆ど食べちゃうからいいのだけれど、彼の『とりあえず買っとけ』精神は高専の頃から変わらない。私がこうしておねだりした時は特に顕著で、沢山は買ってこなくて良いから、と何度も言いつけてもコレだ。
コーヒーを並々と注いだマグカップとケーキを乗せるお皿を、器用に両手で持った悟がその綺麗な青い瞳を瞬かせる。


「これとこれがおすすめなんだって。でもこっちも美味しそうだったから買ってきたけど、なまえ全部一口ずつ食べてみて美味しいやつ食べな」
「うん、ありがとう」

目の前に広がるチョコレートと悟の甘やかしの相乗効果で、甘い幸せが渋滞を起こしそうだ。
端から一口ずつ食べると、2個目と3個目が特に美味しい。中でも2個目の絶妙なミルク感と食感は、絶対に悟が好きな味だと思う。
なるほど、悟が言う『与える喜びってやつ』は、こういうことか。


「私、3個目と4個目がいい。悟はこれとこれね」
「はいはい、これとこれね」

私をずっと見つめていた悟が、ひょい、と私の前から1個目と4個目とのケーキを取り上げる。

「……さすが六眼」
「でしょ?なまえの感情は特によく見えんの」
「冗談。悟には勝てないなあ」
「そうだよ。だからさ、物質的なものを与える幸せは僕に全部ちょうだい」
「既に与えられすぎて困ってるよ」
「うん。オマエはそのまま僕に甘やかされてればいーの」
「ふふ。じゃあそうする」
「本当はなまえを閉じ込めて、ひたすらに何もかも与え続けたいんだけどね」
「……雛鳥みたいな?」
「うん。死ぬまで」

「あ、死んでからも」と言い直した悟が私の手首を掴まえて、指先に小さくキスを落とす。

「聖書が言うにはさ、受けるより与えるほうが幸いなんだって。僕を幸せにしてくれる?」
「うん」
「じゃあ、いっぱいあげる」

ケーキ、冷蔵庫に入れた方が良かったかな。そう思ったけど唇はもう塞がれていて、悟に身体を拾い上げられているから身動きも取れなかった。

悟の熱情を一身に、ただひたすらに与えられるこの幸せを何と言おう。悟にそれを伝えたくて彼の頬を両手で包むと「なまえ、甘くておいしい」と唇を舐めた悟が、また私の口内を探り始める。

そういえば、死んでからも、って私が死んだら悟は何を与えてくれるんだろう?もし覚えていられたらあとで悟に聞いてみようと考えながら、彼の舌に甘く噛み付いた。






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