過ちとは則ち*


五条さんは本当に下戸らしい。居酒屋でも、その後のバーでもずーっとジュースを飲んでいた。
完全にシラフのくせに酔っている私よりも饒舌なものだからついついお酒が進んでしまう。気がついた時には、私は時間の感覚も身体の感覚もすっかり失っていた。

「なまえ〜、起きて。帰れなくなるよ?」

いいの?と聞かれたような気がしたけれど、何に対しての「いいの?」なのか分からなくてとりあえず頷いてみる。気持ちのいい疲労感と酔いで、瞼が開けられなかった。ふわりと澄み切ったような良い香りが鼻腔をくすぐって、五条さんのキラキラ輝く青い瞳が頭をよぎった。

こんな綺麗な人が、戦っているんだもんな。私も、戦わなきゃな。



呪いなんか知るか!と、高専卒業と同時に一般企業に就職した私は、社会に馴染もうと努力した。しかし同僚から発生した呪いやら道端の呪いやらついつい祓ってしまい、周囲から「変な人」認定され続けいよいよ社会に馴染むのが苦しくなってきたのだ。
高専の同級生である伊地知に今後の身の振り方を相談しようと、飲みの約束を取り付けた、はずだった。
それなのに、待ち合わせ場所には何故か五条さんがいた。あの、五条悟だ。

私が1年生の時には彼はもう3年生だったし、とんでもない有名人だったから面識なんてあるわけがない。今日初めて喋ったはずの五条さんは、見た目と同じくらい中身もキラキラ輝くような楽しい人だった。
サングラスから覗く噂の六眼に見つめられながら、「なまえ、戻っておいで。僕と一緒に呪術師やろ?」なんて甘い声で勧誘された私は、入店5分で転職を決意。
散々お酒をあおり、気がついた時には私は何故か五条さんの家のベッドで彼に押し倒されていた。



「え?なんで?」
「あれ、僕ちゃんと『いいの?』って聞いたよね」
「……あーこれ、ワンナイトって感じの」
「あはは、そう思う?僕、後輩に手出すほど馬鹿でもないし飢えてもないんだけどね」

それはそうだろう。暗がりで見上げる五条さんの顔は、恐ろしいほどに美しかった。
「彼女いないよ」とさっきのバーで言っていたから良いものの、五条さんに迫られて抗える女なんかいるのだろうか。正直に言えば私は抱かれてもいいと思ってしまっている。
覚悟を決めて目を閉じると、不意に離れた五条さんの身体が、私の隣へぽすんと沈み込んだ。

「……あの」
「なに?もしかして期待してたの?」

澄み切った瞳を細め、揶揄うような声色で私の図星を突く。一気に顔に熱が集まって、恥ずかしくて背けようとした顔は五条さんの指によって強く引き寄せられた。
暗い部屋に映える白銀の髪の柔らかさと、その明るい宝石の瞳が私の呼吸と鼓動を乱す。

「僕さ、本当に何もしないつもりだったんだよ」
「だったって」
「うん。順番を守ろうとしてたんだけどね。でもそんな可愛い反応されたら前後しちゃうかも」
「私、前後してもいいです」
「へぇ、強気でいいね。……後悔しないでね」

言い終わる前に寄ってきたその唇に、ちゅ、と子供の遊びみたいに口付けられると、途端に深く舌が絡まる。吐息までを絡め取られるかのような甘いキスの合間に、彼の瞳が冷静に私を見つめているのが分かった。
スルスルと衣類を落とされ、私の耳から首筋、胸に五条さんの唇が伝っていく。

「んん、ぅ」
「かわいー声。もっと聴かせて」

余裕のあるその声にじわじわと期待が高まって、もっと触って欲しくてたまらない。私の吐息に懇願の色が混ざったのを察した五条さんが乱雑にシャツを脱ぎ捨てる。
その美しさに思わず見惚れていると、足首をひょいと持ち上げられて少し腰が浮いた。足首の内側をがぶりと甘く噛まれ、柔らかい舌で足首の骨を確かめるように強く舐められる。
誰にも触れられた事のない場所に与えられた刺激はあまりにも未知で、脳が快楽だと勘違いし始める。

「ぁ、なんかそれ、へん」
「んー、変?……でも気持ちいいんだ?」
「っん、ぅ」

確信犯のように笑った五条さんの指が私の秘部を掠めると、まだ触れられていないはずのそこはどろどろに蕩けきっていて、大きな水音が部屋に響いた。
くち、と露骨な音を立ててその長い指を嬉々として咥え込む私の中をほんの少し探った五条さんは、私の良いところをすぐに見つけてしまったようだった。

「ぁ!ん、あ、やっ」
「うん、ここ。すっごい溢れてきた」
「ごじょう、さんっ、何で……わかるの」
「分かるよ。なまえがやらしい顔してくれるからね」
「してな、」
「してる。今すぐにでも突っ込みたいくらい、えっろい顔」
「嘘っ……喋るなら、指とめて」
「嘘つきはなまえでしょ?止めて欲しくないくせに」
「ぅ、だめ」

指はゆったりとした動きなのに、激しくかき混ぜられているみたいな音が響く。五条さんの指先が私のイイ所を柔らかく捉えると、頭の奥がびりびりと痺れて、深い絶頂に真っ白になる。

声を抑えるために自分の指を咥えながら絶頂の余韻に震えていると、私に覆い被さる五条さんの喉が鳴った。
おもちゃを目の前にした子どものような、ちょっと残酷で無邪気な顔。

「やーらしー」
「は……五条、さん。もう欲しいです」
「うわ、たまんないなそれ」

あははー、と何とも思ってないような笑い声を上げた五条さんの腕が、ベッドにぎしりと沈み込む。一際瞬く綺麗な瞳が私を捉えて、その柔らかな唇で唇を塞がれた。
彼のものが私の体内にゆっくりと割り入ってくると、舌を絡められる少しの息苦しさとじりじりと迫り来る快楽に大きな声が出てしまう。

「ん、ん!ぅ」
「きっつ……なまえ、大丈夫?」
「へいき、ぁ」
「……すっごい濡れてんね」

五条さんに指摘されるまでも無かった。
自分でも驚くほど、そこは濡れていた。緩く抽送されるだけで、部屋中にぐちゃぐちゃと耳を塞ぎたくなるような水音が響く。シーツに水溜りができているかもしれない。

私の反応が一際大きくなった所にわざと擦り付けるように抽送する五条さんの腰の動きがあまりにもいやらしくて、このまま頭の中まで溶かされてしまいかねない。

顔を背けようとしたけれど、後頭部に差し込まれた五条さんの手はびくともしなかった。逃げなければ、と思わず顔を覆う。

「ぁ、んん、やっ」
「なまえ、だめだよ。顔隠さないで……ねえ、僕のこと見て」
「ぅ、むり……五条さっ、またイく」
「んー。良いけど」
「っあ!っん」

下腹部の奥の方で、水風船が弾けたみたいに快楽が一気に広がる。びくびくと五条さんのものを膣壁が撫で上げて、それに堪えるような顔をしていた彼が、小さく舌打ちをした。

「……良いけど、やめないよ」
「や、ぁ」

律動を続ける五条さんが私の身体を抱き上げ、向かい合わせの体勢になる。
咄嗟に首に腕を回すと、五条さんの宝石みたいな瞳と真っ白な頬が目の前に広がって、怖いくらいの快楽に突如差し込んだその美しい光に喉の奥が詰まる。

「んん、五条さ、っあの」
「なあに」
「これ、っ無理です。顔……見られない」
「だーめ。さっきも言ったよね?僕のこと見てって」
「だって、恥ずかしい」
「へえ。でもさ、こっちの方が恥ずかしくない?」

腰に添えられた手に力が込められ、その圧迫感につい視線をやると五条さんと私のぐちゃぐちゃになった結合部が目に飛び込んだ。奥へのたまらなく甘い刺激に、どうにもできない身と心をぶつけようと彼の胸に顔を埋める。

「ねーなまえ可愛すぎてヤバいんだけど。いつもこんなんなっちゃうの?」
「ち、がっ、五条さん、だけ」
「……あんま煽んないでよ。意地悪したくなる」

そう低く吐き捨てた五条さんが、めちゃくちゃにも思えるほどの激しい抽送を始める。その動きに翻弄されながらも快楽をもっと拾おうと貪欲に腰が揺れた。

嬌声と、肌がぶつかる音と、生々しい水音がだけが暗い部屋中に響く。後頭部に回った大きな手に引き寄せられると、暗い中でも瞬く五条さんの双眸が私を慈しむように細められた。
「も、イくね」と囁かれたけれど、何度も上り詰めていて曖昧な意識しか残っていない私の耳には、五条さんの少し荒い呼吸だけが残った。



役目を終えたゴムをゴミ箱に放った五条さんが、「んん〜〜〜」っと惚けた声を上げて身体を伸ばした。
素早く黒いボクサーパンツを身につけると、こちらを振り向きもせず部屋を出て行く。その後ろ姿はまるで食後の白い虎みたいだった。

……五条さん、どこに行ったんだろう。私がこのまま我が物顔でベッドに寝そべって、部屋に戻ってきた五条さんに「あれ、まだいたの?」なんて言われたら泣いてしまうかもしれない。想像するだけで恐ろしくて、散らばった下着を素早く身につけた。暗闇の中うろうろとスマホを探していると、なんだか全てが馬鹿らしく思えてくる。

トタトタと身長のわりに軽やかな足音とともに暗い部屋に滑り込んできた白い影は、両手に500mlのエビアンを持った五条さんだった。その長い脚で、扉を軽く蹴飛ばす。

「なまえ、今お風呂沸かしてるから一緒に入ろーよ。泊まってくでしょ?はい、これ」
「え、はい……ありがとうございます」
「常温、冷えてる。どっちがいい?」
「冷えてるほうで」
「なーに突っ立ってんの。座んなよ」

キンキンに冷えた水を身体に流し込むと、頭の中のモヤモヤまで流れていくような気がした。
この人は、事後の女に、水の温度の選択肢を与えるような男だ。
泊まってくでしょと当然のように言われたことが嬉しくてたまらなかったけど、冷静になったもう1人の私が「同じことを言われて、同じ気持ちなった女の子は何人いるんだろうね」と頭の片隅で囁く。

常温のエビアンを飲み干した五条さんが私の隣に座ると、ふかふかのベッドが大きく沈む。五条さんに抱き寄せられるその甘やかな事後の雰囲気に、ふつふつと決意めいたものが湧いてくる。
もしかしたら私は順番を間違えたかもしれないけど、諦めて泣くくらいなら、いっそ砕けて泣いてやる。

「ねえなまえ」
「はい」

昂る気持ちを持て余しながら五条さんの広い胸に頬を寄せると、スゥ、と肺が膨らむ音がした。
綺麗な人は息を吸い込む音までが綺麗なのだな、と思った。


「もうさ、今の仕事辞めちゃいな。伊地知に転職のあれこれ全部頼んであるからアイツに任せといていーよ。オマエの術式ならすぐ2級くらいにはいくだろうけど、とりあえず4級スタートでいい?来週あたりから訓練して、来月には早速軽めの任務に当たってもらうって感じ。万年人手不足だから急で悪いけど。あ!もちろん初回の任務は付き添いでね。僕は……んー来月はキツイから、猪野か棘あたりに付けようか」


さっきまでの蠱惑的な笑みを浮かべていた五条さんとは別人のような、スラスラと流れてくるその声によって事後の甘やかな雰囲気も、私の決意も一瞬で遠くへ吹っ飛んでいく。イノカトゲ?イノか、トゲ?

「……あの、五条さん……頭がついて行かないです、いのかとげ?」
「あぁ、ごめん。あれ?猪野知らないっけ?棘は生徒ね、2年の。……じゃあとりあえず、明日の朝ごはん一緒に食べようよ。近くにワッフルがめちゃくちゃ美味しいカフェあるんだ」
「それは、ぜひ」
「良かった。あと、来週の土曜空いてる?……これは前後しちゃった初デートのお誘いなんだけど」

私の顔を隣から覗き込む五条さんの六眼が、キラキラ光って私を映す。彼は確かに「前後しちゃうかも」と言っていた。思い出すと一気に恥ずかしくなってきて、キラキラと輝く五条さんを見ていられずに目線が下に落ちてしまう。
私の指先が、きゅっと小さく掴まれた。

「いい?」
「……行きたいです」
「うん。あのね、遊びで後輩に手出すほど馬鹿じゃないから僕。お互いゆっくり知ってこうよ」
「はい」
「ねえなまえ、こっち見てってば」
「無理です」
「じゃあ悟くんって呼んで」
「絶対無理です」
「えーなんでー?」
「ちょ、やめてください」

すごく嬉しいことを言われたはずなのに、私の頭を鷲掴んで目を合わせようとしてくる五条さんの腕を制していると事後のムードもへったくれも無くて、おかしくて笑いが止まらなくなってくる。
私の笑いが感染った五条さんまで馬鹿みたいに笑い出して、2人してベッドの上でずっとずっと笑っていた。

子どもみたいな顔で笑う五条さんが本当の五条さんな気がして、そうしてやっと私は彼とマトモに目を合わせることができた。

『お風呂が沸きました』と律儀そうなお姉さんの声が部屋に響いて、「洗ってあげよっか」と耳元で甘く囁かれるまでは。





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