Lean on


※肉体関係匂わせ有



あの七海が、ちょっと前に1年生のイタドリくんの面倒を本当に見ていたらしい。勿論、悟に頼まれて。
イタドリくん、宿儺の器。彼のことを考えていたら、ちょうど職員室の窓から見える懐かしの廊下に、悟がイタドリくんと連れ立って歩いているのを発見する。

至極普通の、人が良さそうな可愛い男の子だ。悟と2人で大騒ぎしながら心底楽しそうに笑っているその風景に、何となく既視感を覚える。懐かしいような気になったと同時に「七海に預けてみようと思ってる」と、いつもの適当ぶった口調で話していた悟の様子が腑に落ちた。

なるほどね。と、窓から身を乗り出したまま思わず口に出すと、いつの間にか側に来ていた同期の家入硝子がぽんと私の尻を叩いた。

「あっぶな!落ちるかと思った」
「彼は素直だぞ。五条と違って」
「そうだね、見たら分かるよ。悟も楽しそう」
「なまえ、随分久しぶりだな」
「本当にね。硝子が忙しすぎるんだよー、たまには私にも構って」
「なまえは五条の相手で忙しいだろ」
「悟がいないとき」
「私を暇つぶしにするなよ」


ふぅ、と呆れたような溜息を吐く硝子を見て、さっきまで感じていた懐かしさが手足にまで込み上がってくる。硝子の細い腰に腕を回して抱き寄せると、応じるような薄い笑いを浮かべた硝子が、自分の膝を私の脚の間に入れ込んだ。
薄っぺらい身体だなあ。彼女は昔から華奢だったけれど、医師として働き出してからはますます痩せた気がする。すすす、と硝子の腰に添えた手をゆっくり背中まで滑らせながら見つめ合っていると、今日の陽気にぴったりの麗かな声が職員室に響いた。

「失礼しまー……っ!!した!!!」
「あ、イタドリくんだ。入っておいでよ」
「あれ、なまえ。もう来てたの」
「えっ?!五条先生、知り合い?!」
「うん。僕と硝子の同期」
「なまえです。宜しくお願いします」
「初めまして、虎杖悠仁です。よろしくおなしゃす!」
「へえ、硝子の言うとおり良い子だね。可愛い」
「だろ。なまえが気に入りそうだと思ってた」


「……何かアヤシイ雰囲気じゃなかった?」
「アイツらは昔からそうなのよ」

虎杖くんと悟がこそこそと2人で内緒話をする様子ですら、懐かしくて可愛くてたまらなくて、ずっとクスクスと笑ってしまった。
帰り際の虎杖くんの顔からして、彼は私の事を相当変な女だと思ったに違いなかった。



悟の運転は、結構上手いと思う。28歳になった今でもごく稀に学生時代の粗暴さが端々に見える時があるけど、車を止める時は静かだし何もかもスムーズだ。確か、運転が上手い男はセックスも上手いものだと奔放な友達が言っていたっけ。
悟のマンションの駐車場に、静かに車が止められる。先に降りた彼はドアを開けてくれて、降りようとする私に手まで差し伸べるのだから随分とお姫様扱いだ。

「悟っていつ頃こういうの覚えたの」
「さぁ?昔のことは忘れちゃったな」
「私の方が覚えてるかも。昔の悟のこと」
「オマエは下らないことばっか覚えてんね。今の僕のことだけ覚えてれば良いよ」

エレベーターに乗り込んだ悟が私を壁際に追いやろうとしたけど、監視カメラがついている手前、一応拒否の姿勢を取る。まもなく彼の部屋に着くのだ。こんなところでがっつくほど、私たちは幼くもない。
悟の部屋はいつも良い香りがする。元々家具が少ないその部屋は生活感がまるでないモデルルームのようで、せめてこれでもと無理矢理買わせた観葉植物ですら、モデルのような顔をしてすっかり窓際に馴染んでしまった。


ソファに腰を下ろして、前回悟の部屋に来た時に途中まで読んでいた本を開く。確か4章があとちょっとだったな、と続きに目を滑らせると、隣に座った悟に強引に引き寄せられ、後ろから抱き締められる。

「ねえ、なまえ」
「んー4章があとちょっとだから待って」
「僕がオマエを目の前にして待てできると思ってんの?」
「出来るよ。悟は良い子だから」
「ははっ、さすが懐柔の仕方が上手いな」
「傑みたい?」
「……喋ってないで早く読みなよ」


4章の後半部分は割と難解で、思ってたよりも時間が掛かってしまった。
もう読み終えている悟に分からなかった部分を聞いてみようと、ぱたりと本を閉じて身体をひねった瞬間、手元の本が悟によって乱雑に奪われ、放られる。

「はい、本はもうおしまい」

彼のサングラスが本の上に置かれて、キスがし易くて助かったと思った。たまに性急すぎると、彼のサングラスを外すタイミングが無くて困る時があるから。
焦れていたのであろう悟の唇はじんわりと熱くて、ご褒美とばかりにその舌を優しく吸い上げると唇をぱくりと覆われる。

「待てできて偉かったね、悟」
「でしょ?ご褒美ちょーだい」
「ふふ、いいよ」

ソファに座る彼に跨ると、見た目よりもずっと逞しいその身体についつい触れたくなってしまう。黒いシャツの下から手を差し入れ、爪先で滑らかな悟の肌を軽く引っ掻く。私と同じくらい熱くなっていく悟の肌を早く確かめたくて、彼の服と自分の服を床に落とした。

「なまえ、なんか今日は乱暴だね」
「だって早く悟とくっつきたいんだもん」
「……そういうの、いつ頃覚えたの?」
「昔のことは忘れちゃった」
「じゃあ思い出させてあげる」

私の熱い肌を這う彼の綺麗な指先は、初めて肌を合わせた時とは比べものにならないくらいに巧みになった。でも私を抱くときの悟の顔はあの日とずっと変わらない。
もう10年近くも経つというのに、悟は毎回、あの日と同じ少し泣きそうな顔で私を抱く。





卒業を控えた2月の、とても寒い日だった。
私は傑の部屋だった空き部屋で、ぼんやりと彼の部屋と彼の生活を回想していた。
窓際にベッドがあって、チェストには目覚ましとスペアのヘアゴムが置かれていた。私と付き合い始めてからもう一つの枕代わりにクッションを買ったけど、結局傑の腕枕で寝ちゃうから使わなかったな。傑がいなくなってあのクッションは処分してしまったけれど、デザインは気に入っていたから取っておけばよかった。

あの生活はもう無くなって、ここの空き部屋もやがて別の学生が使うのだろう。傑の生活の跡が消えていくことが虚しくて、せめて今日くらいは彼の輪郭をしっかりと思い起こそうと、かれこれ2時間くらいは剥き出しのベッドに座っていた。
流石にお尻が痛くなってきて立ち上がったと同時に、がちゃりと空いたドアから無表情の悟が現れて、思わず笑ってしまった。傑と私がベッドでくっついていると、よくこうして突然悟が入ってきたっけ。
ここに傑がいないだけで、私と悟はまるでいつも通りなのがなんだか可笑しかった。

「なまえ、良い加減にしろよ。寒いだろ」
「もう戻る。……ふふ」
「なに笑ってんの」
「いや。傑がいないだけだなって」
「は?」
「私も悟も、ここにいるのにさ」
「うん」
「それなのに、もう戻らないんだね」
「戻りたい?」
「ううん、もういいや」
「……オマエの心は、まだ傑のもんなの」


悟の綺麗な六眼が、湖面のように揺れた。
2月の刺すような冷気に晒され続けていた私の身体は芯まで冷えていて、きっと指先が白くなっているだろう。温かさを期待して絡め取った悟の手は、私と同じくらい真っ白く冷え切っていた。

「そんな泣きそうな顔しないでよ」
「してない」
「悟は私の側にいて。ずっと」
「うん」
「求めてるのはそれだけ」
「なまえの側にいるよ。僕は」
「……悟、寒い」

その夜は雪が降りそうなくらい寒かったけれど、そんな事を忘れてしまうほどに私と悟の肌は熱くて、抱き合った身体ごと溶けてしまいそうだった。





高専のあの狭っ苦しいシングルベッドを二つ並べても足りないくらい広いベッドで、まだ少し早い悟の心臓の音を聴く。これ以上ないくらいに身体は側にいるのに、さっきまでの悟の泣きそうな顔を思い出すと、なんだか彼が可哀想になってきて抱き締める腕に力がこもった。
ぱちぱちと長いまつ毛を瞬かせた悟が、その大きな瞳を細めてこちらを覗き込む。面白い物を見つけた猫みたいなこの顔が、結構好き。

「なあに、なまえ。そんなにくっつかなくても僕は逃げないよ」
「そう?まあ、悟が逃げたら私もくっついていくけど」
「それなら逃げるのもいいかもね。愛の逃避行って感じで楽しそうだし」
「腐ったミカンから?」
「あはは、あんなの逃げる前に全員殺すよ」
「いいねえ」


悟ならきっと、何処までも私を連れて行くだろう。
例え行き着く先が地獄の底だとしても、悟なら、何処までも。

シーツにさっきまでの私の涙の跡が残っているのに気がついて、枕を載せてわざとそれにしなだれかかる。悟の熱の余韻が引いた身体がふるりと震えるから、指を絡めて名前を呼んだ。

「悟、寒い」
「うん。おいで、なまえ」

私が求めているものは、もうその熱だけではなくなっている事を、悟は多分気付いている。悟が求めているものが何なのか、私も、もうとっくに気付いている。

あの日から保たれているこの均衡が崩れた時、私たちはどうなってしまうんだろう。
側にいて、と心の底からの声がして、それを呟く代わりにそっと彼の唇に触れると、悟の長いまつ毛が美しい翳りをつくった。
その翳りを振り切るように乱暴な手つきで私を組み敷いた悟の綺麗な六眼は、あの日と同じく湖面のように揺れていた。





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