花恥ずかし



傑と硝子からのフォローのお陰もあって、悟と私は先週、やっと付き合うことになった。
しかし、2人きりになって少し良い雰囲気になったと思うと悟は照れ隠しからわざとふざけたり、意地悪を言ったりする。そのせいでなかなか甘い雰囲気にならないことが、私の新たな悩みだった。

そんなモヤモヤを抱えながらも、悟の部屋で『ゴースト/ニューヨークの幻』を観終わると、若い私たちはいとも簡単にその余韻に呑まれ、甘い雰囲気になる。

さすがの悟も、いつものおふざけを封印したようだった。放り出されていた私の手の上に自分の大きな手を重ね、エンドロールを眺める彼がぽそりとつぶやく。

「……好き」
「私も、好き。…ねえ悟、こっち見て言って」
「別に、どこ見て言おうと変わんねーだろ」
「私の目、見て言ってほしい」
「なまえ、……」


顔を赤くした悟が小さく舌打ちをして、おずおずとこちらに視線を向ける。
少し下がったサングラス越しに目が合った彼の、堪えるように結ばれていた唇がゆっくりと開いた────









「なまえ〜!起きて〜。寝顔も可愛いけど、僕そろそろ起きてるなまえに会いた〜い」
「ん…あれ……」
「あ、おはよ。今日も可愛いねえ。大好き」
「……悟?」
「うん、グッドルッキングガイ悟。なに?大丈夫?」
「……大丈夫。昔の夢見てて、混ざった」
「それって昔の僕の夢ってこと?なまえって本当に僕のこと好きだよねえ」
「うん、それはそうなんだけど」


嬉しそうに抱きついてきた悟の顔をまじまじと見つめると、可愛こぶった表情を作った悟のキラキラと眩しい視線が返ってくる。
あれから12年経ったはずの悟の顔は、少し精悍になったような気もするものの高専時代とほぼ変わらない。反転術式って見た目にも作用するのだろうか、と思うくらい、制服を着れば貫禄ある3年生でも通りそうな気すらする。

だけど、「俺と付き合って」なんて素っ気なく告げてきたあの頃、当時16歳の悟と今の悟はまるで別人だ。当時の彼は私の目を真っ直ぐ見る事すら恥ずかしがっていたし、初めて繋いだ手のひらは、私たち2人とも汗でびしょびしょだったのに。
……いつの間に、悟はこんなんになっちゃったんだろう?


「なに、そんなに見つめて。ねえねえ、昔の僕と今の僕、なまえはどっちが好き?」
「どっちの悟も好きだけど、昔の悟は可愛かったなあと思って」
「え、僕は今でも可愛いよね?!」
「……可愛さの種類が違うの」
「そうかなあ。なまえは昔も今も、ずーっと食べちゃいたいくらい可愛いけど」
「あはは。あの頃の悟に聞かせてあげたいよ、そのセリフ」
「あの頃の僕もいつもそう思ってたよ。なまえの事、食べちゃいたいくらい可愛いって」


澄んだ空よりも綺麗な悟の瞳が細められ、ふわんと朝特有のミントの香りがする指が、優しく私の髪を撫でる。
悟はとっくに起きていたようで、いつもの黒い上下に着替え終わっていた。あとは上着を着ればいつでも出勤できるみたいだけど、寝起きで温かなベッドに今の悟の温もりも欲しくなって、私の髪を撫でる彼の指を握った。

くい、と指を小さく引くと、わざとらしく引っ張られてくれた悟が私の身体の上に落ちてくる。


「何であの頃は言ってくれなかったの」
「んー、色々と精一杯だったから」
「へぇ、最強の五条悟ともあろう者が」
「本当にねえ。なまえの事が好きで好きで仕方なくてどうしたらいいかわからなかったなんて、我ながら青い春だよ」
「そんな風になってたの、私だけかと思ってた」
「でしょ?僕、精一杯余裕のフリしてたからね」

思い出し笑いだろうか、少し恥ずかしそうにはにかんだ悟の顔に、ついさっき夢で見た16歳の彼の面影が浮かんだ。
愛おしさから衝動的に強く強く抱き締めると、すっかり馴染んだ彼の首筋の温度と、柔らかい髪の毛が頬に当たる。

「悟〜!可愛い。大好き」
「うわ、びっくりした。うん、僕も大好き」
「今日は早く帰ってきて」
「……いっそのこと、行かないって手もあるけど」
「それは駄目。もう時間でしょ」
「えー、行かなきゃ駄目?ヤダヤダヤダ」

スマホが示す時刻は8:08。多分、8時にマンションの前まで伊地知くんの車が迎えにきているはずだった。
ベッドに馴染み始めた悟の体温を全力で追い出して、玄関まで押しやる。悟は駄々を捏ねるフリをしながらも何だかんだ靴を履くから、今日はそこそこ忙しいスケジュールなのだろう。

あの悟が。ついさっきまでの夢の中のあどけない悟を思い出して、ついつい笑みがこぼれる。
ごくたまに自宅で持ち帰りの仕事をしている彼を見て、「そういえば悟は先生だったな」と気がつくくらい、私達は長く一緒にいすぎてお互いの肩書きが朧げになりがちだ。
どっちの僕が好き?だなんて愚問、悟らしくない。昔の悟も、今の悟も。世界で一番大好きで、大切な人。


「……ねえ、さっき早く帰ってきてって言ったけど、遅くなってもいいよ。気をつけてね」
「うん、ありがと。……ねえなまえ、昔も今も世界で一番大好きだよ」
「なに、急に」
「気持ちはきちんと伝えないとね。職業柄、何があるか分かんないし?」
「悟には何も起きないでしょ」
「さぁね〜!分からないよ。だから、なまえの気持ちもちゃんと聞かせて」
「……悟、世界で一番大好き。いってらっしゃい」
「はは、なまえは可愛すぎて困るね。名残惜しいけど、いってきます。頑張って早く帰るよ」

出際、私と目線を合わせた悟の唇が私の唇に柔らかくぶつかって離れていく。
プレゼントを貰った子どもみたいな顔で嬉しそうに笑う悟の笑顔が目隠しで覆われると、彼はすっかり見慣れた姿の「五条先生」になって出勤していった。


悟が乗り込んだ車が見えなくなるまで、ベランダでぼんやりする。そういえばあの日、悟は私の目を見て「好き」って言ってくれたんだっけ。結局恥ずかしがって言ってくれなかったような気もしてきて、悟が帰ってきたら聞いてみようと思い立つ。

あの日と同じように『ゴースト/ニューヨークの幻』をもう一回2人で観るのもいいかな。
今の悟なら、あの頃と変わらない素直な気持ちを、真っ直ぐ目を見て伝えてくれるに違いないから。





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