聖者の瞳


『緊急会合 傑の部屋集合』と、傑の了解を得ないまま硝子と傑へメールを送る。
今夜、悟は任務で遅いはずだ。会合のチャンスは、今日しかなかった。


「なんで私の部屋?」
「私の部屋は散らかってるし、硝子の部屋はタバコ臭いから」
「失礼だな。で、何なの緊急会合って」
「単刀直入に言うね。私、悟とセックスしたい」

ブッ!と傑が飲んでいた麦茶を吹き出した。
硝子はぽろりとタバコの灰を落とし、時が一瞬止まったと思ったら、傑と硝子の大爆笑ですぐに時が再び動き出す。
傑はゴロゴロと笑い転げてからベッドに顔を伏せてずっと震えているし、硝子はそんな傑の背中を叩きながら、ヒッヒッヒと魔女みたいな笑い声を上げ続けた。

「ヒッヒヒ、なまえやめて面白すぎる」
「ねえ、私真剣に言ってるんだけど」
「ぶっ、フフフッ、なんでまた急に、ふっ、そんな事、あっはは」
「傑も硝子も笑いすぎ!ちゃんと理由があるから聞いて」


先日、悟と二人で山奥の村に発生した呪霊の討伐任務にあたった。
田舎という事で、騒ぎを大きくしないため結界術が得意な私も派遣されることになったのだが、何せ山奥だ。車で入れない山道は登山よろしく登るしかない。
途中、悟が「俺も疲れたから休憩〜」と適当な岩に座り込んだけれど、あれは私を気遣って言ってくれたんだと思う。不器用な優しさに心臓の奥の方がキュンとして、悟の隣に座ろうとした、その時。

はぁ、と溜息をついた悟の白くて綺麗なうなじに、汗がつつつと伝っていくのが見えた。その広い背中もしっとりと汗ばんでいる。
その瞬間「悟をめちゃくちゃにしたい」と思った。
訳がわからないかもしれないけど、そう思ったのだ。


「わっけわかんねえ〜〜」
そう叫んだ硝子がタバコに火をつけるのも忘れて笑い転げる。少し落ち着いた様子の傑が、意味深な微笑みを浮かべ口を開いた。

「それ、稽古じゃダメなのかい?」
「稽古で悟をめちゃくちゃにするのなんて不可能でしょ!余裕を無くしてほしいし、抱きしめたいし」
「……へぇ、それならまあ。悟も男の子だから、なまえから誘惑してみればコロッといくかもしれないよ」
「傑も女の子に誘惑されたら、コロッといく?」
「どうだろう?据え膳食わぬは何とやらだけどね」

ぱち、と片目なんか瞑ってみせる傑の方が、悟よりも色々と難しそうだ。
傑の言葉で俄然やる気が出てきた私は、もうすぐ帰ってくる悟をコロッといかせるべく、早速準備に取り掛かる事にした。
二人にお礼を言って傑の部屋を後にする。
急いでお風呂に入らねば。確か試供品で貰ったパックがあったし、最近サボってたボディクリームもちゃんと塗ろう。




「硝子、流石に笑いすぎ」
「だっ、って!面白すぎる。性欲が先行してるけど、つまりなまえも五条のこと好きってことだろ」
「うん、でも悟は意外とピュアだからね。付き合う前に手は出さないと思うな」
「夏油、わざとけしかけただろ」
「攻めるなまえと耐える悟、想像しただけで面白いだろ?」
「あっはっはっ、くるしい〜」





いつもは結んでる髪を下ろしてみる。ボディクリームの甘い香りが自分からふわんと漂ってきて、満更でもない。部屋も片付けたし、まずはお疲れさまを言ってから少しお喋りをしよう。明日は土曜日だし、今夜部屋で映画、は流石にやりすぎか。


普段よりもテンポが速い足音が近づいてきて、反射的にドアの方を向く。悟だ。
出張の後はいつも、お土産を部屋まで届け合うのが恒例になっている。ドアの前で足音が止んだとほぼ同時に勢いよくドアを開けると、「おわっ、ビビった」と小さくこぼした悟が私を見て目を丸くする。

「悟!……おかえりなさい」

昨夜から悟のことばかり考えていたから、顔を見て嬉しくなってしまった。それがありありと声色に出て、気合を入れたはずなのに少しだけ恥ずかしくなる。

「おぉ、ただいま。これ」
「ありがとう。あ、生クリームのやつだ。嬉しい」
「前に好きって言ってたろ」
「覚えててくれたんだ」
「たまたまな」

そっけない顔をわざと作った悟に、心臓の奥の方がキュンとなる。この感情をどうにかして発散しないと胸が苦しくて苦しくて、私の心がめちゃくちゃになりそうだった。

「ねえ、これ悟と一緒に食べたい」
「へぇ、食い意地はってるなまえがそんなこと言うの珍しいじゃん」
「……時間ある?寄っていきなよ」

自分で言っておいて笑いそうになる。これじゃあまるで私、ヤリたくて必死な男みたいだ。
悟は少し驚いた顔をしたけれど、「ファンタある?」とかなんとか言いながら私の部屋に上がり込んだ。


今日の任務の話や、他愛もない話で時間が消費されていく事に焦りが募る。
悟が買ってきてくれた生クリームのやつは相変わらず美味しくてたまらないけど、任務帰りで少し気怠げな悟の方が、今は美味しそうに見えてたまらない。

そんな事ばかり考えていたから、悟の澄んだ六眼にじっと見つめられて何となく罪悪感を覚える。
六眼って、下心も見透かしちゃうんだろうか。
傑の言葉を思い出して、誘惑の意図を込めた目線を悟へ返した。

「なに」
「なまえなんか今日いつもと違わねえ?」
「……そうかな」
「なにソワソワしてんだよ」


悟を焦らせたい。悟を困らせたい。
悟に触れて、彼をめちゃくちゃにしたい。
この感情を発散して、その正体を確かめるタイミングは、今しかないと思った。

「悟を、誘惑したいの」
「……は?」

自分のものじゃないみたいに甘ったるい声が出て、内心驚く。悟に触れたいという気持ちが熱になって、その熱に浮かされた頭も身体も、まるで他人のもののように制御できなかった。

悟の瞳との距離が縮まって、彼の息を呑む音が数センチ先で聴こえる。
と同時に、私の身体がピタリと止まった。
遅くなった、と言った方がいいのか。


「初めて無下限張られた」
「悪りぃ。ちょっと、タンマ。やばい」
「ショック。なんか泣きそう」
「いや俺の方が泣きそうだっつーの。マジでやべえ」
「……なんで悟が泣きそうなの」
「……好きな奴にそんなこと言われて、耐えられる男いねーだろ」
「すきな、やつ」

思わず悟の言葉を確認するように言葉に出すと、小さく舌打ちをした悟が、長いまつ毛を伏せた。

「なまえは、俺とどうなりたいわけ」
「どうって、どういう意味」
「そのまんま。その、エロいことしたいだけ、とか付き合いたい、とかさ。色々あるだろ」

珍しく歯切れが悪い悟が、ゆっくりとこちらに向き直る。悟は今まで見たことがないくらいに余裕のない顔をしていたし、つつ、と彼のこめかみには一筋の汗が伝っていた。

私が持て余しているこの感情の名前が、やっと分かった、と思った。


「悟の頭の中を、私でいっぱいにしたい」

その瞬間、ぱっ、と悟との間にあった無下限が無くなって、寄りかかっていた勢いのまま悟の胸に飛び込んだ。くるりと身体を返されて、思わず呼吸が止まる。
私を押し倒した悟の六眼には、烟るような欲情の輝きが混ざっていた。

「オマエの頭ん中はどーなの」
「悟の事、ばっかり」
「俺の頭ん中も、なまえの事ばっかり」
「おんなじだ」
「……好きってことだろ。俺のこと」
「うん、好き」
「俺も。なまえが好き」

安堵したように笑った悟の唇が、私の唇にそっと重なる。小さく息を吐いた隙間から舌がぬるりと滑り込んできて、悟の体温が私の粘膜を撫でる。ちゅ、ちゅと部屋に響く音がやけにいやらしくて、つい目を開けてしまう。
時々薄く目を開けて私を見たり、綺麗な指で頬を撫でたりする悟も多分、私を誘惑している。

「ん、んん……は、っさ、とる、」
「……あんま煽んな」

やべえ、と呟いて私をぎゅっと強く抱き締めた悟の身体と、私の身体がぴったりくっついた所からじわじわと幸せが滲んでくる。
見上げた悟も、「俺は幸せです」と頬に書いてあるような顔をしていた。


「俺、なまえの事大切にするから」
「えぇ。悟、耐えられる?」
「はっ、耐えらんねーのはオマエだろ?」

ついさっきまで泣きそうとか言っていた筈の悟は、すっかり余裕の微笑みを取り繕って私のおでこにキスをする。
攻防戦の火蓋は切られたけど、私と悟、どちらも長くは持たなそうだ。





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